豊田章男社長の一言で始まった、トヨタがS耐で走らせる水素燃料エンジン・カローラスポーツが新時代を切り開く

■走る開発現場、スーパー耐久レース・富士24時間レースに初参戦するトヨタの水素燃料エンジン車

●ガソリンの代わりに水素を直噴して走る水素燃料エンジン車を走らせる意味とは?

水素を使うクルマといえば、水素を化学反応させ生まれた電気を電池に蓄電し、その電気で走るトヨタMIRAIが思い浮かぶでしょう。長時間の充電が要らないEV車…と考えても間違いではないですね。

S耐富士合同テスト
富士スピードウェイにて行われた、スーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC富士SUPER TEC 24時間レースの合同テストに登場した、水素エンジン搭載のカローラスポーツ。

2021年4月28日(水)、スーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook 第3戦「NAPAC富士SUPER TEC 24時間レース[開催日:5月21日(金)~23日(日)]」に向けて行われた合同テストに、トヨタがORC ROOKIE Racingとして参戦する、水素を燃料としたレーシングカーと、その燃料となる水素を充填する水素ステーションが富士スピードウェイに持ち込まれました。

水素燃料電池車のMIRAIとは全く違い、ガソリンではなく水素を燃料とした新技術を、なぜトヨタはサーキットに持ち込むことになったのでしょうか? この水素プロジェクトの企画を担当した、GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進部GRZ主査・水素エンジンプロジェクト統括主査の伊東直昭さんに聞いてみました。

●豊田章男社長=モリゾウの一声で始まった、水素燃料エンジンのS耐挑戦!

走る開発現場
実戦で鍛える! 豊田章男社長の一声から、S耐レース挑戦が始まりました。

「そもそも水素エンジンの開発は、2016年から始まっていました。何種類かの水素エンジンの試作車を作ったんです。その先行試作車に、確か昨2020年末だったか、弊社の豊田章男社長が乗りまして、『この技術はモータースポーツで鍛えよう!』ということになりました。

年が明けると、なんと『スーパー耐久レースに出そう!』ということに! その背景には昨2020年、GRヤリスをスーパー耐久レースで走らせることで、かなり早いサイクルで改良と改善が進んだことが推進力になったんです」と、伊東さんが語ってくれました。

今回の水素エンジン車が、現在トヨタなどから発売されているいわゆる水素自動車と決定的に違う部分は、内燃機関=エンジンを使う技術ということ。水素を燃料として走るクルマといえば、水素と酸素の化学反応によって発電させ、モーターを回して走る…というのが、MIRAIなどの水素自動車です。が、今回は水素をシリンダーに直噴し爆発させて動力に変えるという仕組みです。

水素燃料エンジンカローラスポーツ
テストが続けられる、水素燃料エンジンを積むカローラスポーツ。

つまり、従来のレシプロエンジンと同じ仕組みで走らせる、全く新しいエンジンなのです。わかりやすく言えば、ガソリンの代わりに水素を「燃焼」させて走っているわけ。

では、なぜガソリンではなく水素なのでしょうか?

それは、ゼロエミッション…環境保護をしながらレースができることが大きな要因です。ガソリンを爆発させ推進力を得る従来のエンジンは、排気ガスに多量のCO2が含まれています。対して水素を燃料とした場合、排出されるのは水蒸気のみ(わずかにNOxも含む)。つまり、環境問題を考えつつレースを行える電気自動車に続き、第二の環境保護レーシングカーというわけです。

●水素燃料エンジンを積むカローラスポーツ、その実力は?

水素燃料エンジン
水素を直噴し爆発・燃焼させるカローラスポーツに搭載された、GRヤリスの1.6Lターボ・エンジン。プラグやデリバリーホースなどが変更されているそうですが、一見は分からず。

今回の水素エンジンを搭載するレーシングカーのベースに選ばれたのは、トヨタ・カローラスポーツ。コンパクトながらワイドトレッドのボディは、ライトウエイトのレーシングマシンにはうってつけと言えます。今回はカローラスポーツのボディに、GRヤリスのエンジン(1618cc 直3インタークーラーターボ)を搭載してのテストランとなりました。

ここで気になるのがエンジンパワーです。が、伊藤さんいわく「エンジンパワーに関しては、既存エンジンの持つパワーが目標値です。今回はGRヤリスのエンジンを使用していますので、300kw(300ps弱)が目標値になります。現在の水素エンジンでも、短い時間であれば性能は出せています。パワーだけを求めれば出力を上げることも可能でしょう。しかし、耐久性も上げなければ意味がありません。そうすると既存のパーツを使っていますので、エンジン自体の耐久性は犠牲になっていく方向ですよね。ですから出力の目標値は、ガソリンエンジンの出力なんです」とのこと。

エンジンやコンセプトについては理解できたのですが、肝心の乗り味はどうなのでしょうか? 2019年からテストドライブを担当している佐々木雅弘選手に、この水素燃料エンジン・カローラスポーツのフィーリングについて聞いてみました。

出張水素ステーション
レース時には、福島県浪江町で作られた「福島水素エネルギー研究フィールド」から水素ステーションが出張する予定。
出張水素ステーション
さすがの富士スピードウェイにも、水素ステーションは…ありません!

「乗った感じは、水素カーだと言われなければ気付かない感じです。ただ燃焼スピードがガソリンより早いので、点火時期をより理想に近づけることができます。ですから、レスポンスはガソリン車より良いですね!」とのこと。

ただし、現在は試作テスト中なので、課題も多いそうです。

今後については「今は24時間耐久を走りきるために、最低限のパワーで走らせています。ここからパワーを上げて行けば、クルマ自体のフィーリングも良くなると思います。パワーと耐久性の最適値を見つければ、タイムもどんどん上がっていくと思います」と、テストドライバーの佐々木選手の力強いコメントが飛び出しました。

テスト中のカローラスポーツ
ルーフにあるエアアウトレットは、万が一の水素漏れによる換気にも使われているそうです。

敢えてネガな部分は?と聞いてみると、「クルマ自体は、ガソリン車よりやや重いんです。しかも水素タンクやボンベ類が高い位置にレイアウトされているので、重心高の高さが気になりますね。トルク的にも、ガソリン車に比べるとやや細いのですが、このエンジンとの相性は抜群です。トルクの細い部分を過給機のターボが補ってくれるので、ネガな部分は消えています。

このクルマの開発はまだ始まったばかり。しかし、レースで言えば、もう伸びしろしかない状態ですからね! 今からレースするのが、楽しみで仕方ないです!!」

佐々木選手は、この新しい技術の詰まったレーシングカーを、楽しんでいるようでした。

●EVレースには無い、エキゾーストノートも楽しめる水素燃料エンジンレースカー!

水素燃料エンジンを積むカローラスポーツ
クラッシュなどを考慮し、リヤドアや水素タンク周りなどは強靭にガードが施されています。

環境問題を考えれば、レーシングカーは燃料電池を使ったモーターに進むしかないと思われていました。ところが今回のチャレンジは、内燃機関を残しながら環境問題もクリアしているのです。レーシングシーンに、新しい可能性を示してくれるチャレンジとなるのは明白です。

水素燃料エンジンテスト
センターに配置されるマフラーからは、排気ガスではなく水しか出てこないゼロエミッション車。

内燃機関を残すということは、モータースポーツの魅力のひとつであるエキゾーストノート=排気音を残すということでもあります。モータースポーツに限らず、スポーツを観戦する上で「サウンド」というのは重要なファクターです。その部分を残せる可能性が出てきたことは、クルマを走る穂だけでなく、観戦する側にとっても喜ばしいニュースです。今後、水素を使ったレーシングカーがどうなっていくかは未知数ですが、少なくとも新しい一歩を示してくれた事は喜ばしいニュースですね。

(文&画像:折原 弘之/アシスト:永光 やすの

この記事の著者

永光やすの 近影

永光やすの

「ジェミニZZ/Rに乗る女」としてOPTION誌取材を受けたのをきっかけに、1987年より10年ほど編集部に在籍、Dai稲田の世話役となる。1992年式BNR32 GT-Rを購入後、「OPT女帝やすのGT-R日記」と題しステップアップ~ゴマメも含めレポート。
Rのローン終了後、フリーライターに転向。AMKREAD DRAGオフィシャルレポートや、頭文字D・湾岸MidNight・ナニワトモアレ等、講談社系車漫画のガイドブックを執筆。clicccarでは1981年から続くOPTION誌バックナンバーを紹介する「PlayBack the OPTION」、清水和夫・大井貴之・井出有治さんのアシスト等を担当。
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