■日本植物図鑑を作った牧野富太郎が生まれた「植物学の日」
4月24日は、「植物学の日」です。1862(文久2)年のこの日、「牧野日本植物図鑑」で知られる植物学者の牧野富太郎博士が誕生したことに由来します。小学校を中退して、独学で植物学を勉強。全国の植物を採集して1000種以上に学名をつけ、これを本格的な図鑑にまとめました。
また1932(昭和7)年のこの日、目黒競馬場で日本初のダービーが開催されました。元々ダービーは、ロンドン郊外でダービー卿が始めた英国競馬の最高峰のレースです。これを模倣して「ダービー」という名前を付けたレースが世界各国で開催されるようになりました。
さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?
1957年(昭和32)年のこの日、富士精密工業(後に日産と合併するプリンス自動車の前身)から、初代「スカイライン」が発売されました。スカイラインは、日産のみならず日本を代表する伝統ブランドで、自動車史において重要な役割を果たしたモデルです。
初代スカイラインは、テールフィンを持つボリューム感のあるアメリカンスタイルを採用。エンジンは、1.5Lの直列4気筒でクラストップの60PSを発揮、最高速度は国産乗用車最速の125km/hを誇りました。
足回りは、フロントにダブルウィッシュボーン、リアはド・ディオンアクスルという乗り心地に優れた仕様で、すべてにおいて当時の先進技術を採用しました。高い技術は、富士精密工業の起源が元々飛行機メーカー「中島飛行機」と「立川飛行機」であり、さらに当時の開発トップは「ゼロ戦」のエンジン設計者の中川良一であったことに関係しています。
初代から同クラストップの性能を誇りましたが、1959年に70PSへと出力を向上、さらに1962年には排気量を1.9Lに拡大して91PSを発揮する「スカイラインスーパー」、イタリア人デザイナーによる「スカイラインスポーツ」が登場して、高性能セダンとして進化し続けました。
スカイラインの人気が爆発したのは、ご存知の通り1968年の3代目通称「ハコスカ」と1972年の4代目「ケンメリ」からですが、初代から爽快な走りと乗り心地の良さは他を圧倒していました。また、「スカイラインの生みの親」である櫻井眞一郎の存在も忘れることはできませんね。櫻井眞一郎は、初代から開発に関わり、3代目から7代目まで開発リーダーを務めた伝説の技術者です。
毎日が何かの記念日。それではまた明日!
(Mr.ソラン)