目次
■WRCなどで活躍した日欧ラリーカー10モデル
現在のWRC(世界ラリー選手権)といえば、国産メーカーではトヨタのみ参戦しヤリスが大活躍していますが、かつては日産やスバルなど他メーカーも参戦して、数々の輝かしい戦績を残しています。
ヘリテージカーの祭典「オートモビルカウンシル2021(4月9日〜11日・幕張メッセ)では、主に1970年代から1990年代に大活躍した国産車のラリーカーを展示。また、それら国産勢を迎え撃ち、激戦を繰り広げた欧州メーカーのマシンたちも並べることで、まさにかつての日欧決戦を再現するような企画を実施しました。
かつて世界のラリーを転戦し、高い戦績を誇ったラリーカー全10台を紹介しましょう。
●ダットサン・ブルーバード1600SS(1970年)
日本でスポーツセダンを根付かせた、3代目ブールーバード(510型)をベースにしたラリーカーです。ちなみに、モデル名についた「ダットサン」は、当時の日産が使っていたブランド名で、1986年まで国内外で販売された数多くのモデルに付けられていました。
エンジンに1.6LのSOHCツインキャブ4気筒を採用したこのマシン。サスペンションには、当時としてかなり高度な技術を用いたストラット/セミトレーリングアームの4輪独立懸架方式を採用。まさに「技術の日産」を具現化したマシンといえます。
参戦した1970年の東アフリカ・サファリラリーでは、激しい雨により泥沼での走行や、洪水にみまわれた最悪のコンディション。そんな中、このワークスマシンは総合1,2,4位でフィニッシュを果たします。展示されたマシンは、実際、その時に1位フィニッシュを決めた優勝車です。
●ダットサン・240Z(1972年)
日産の名車、フェアレディZの初代S30型をベースにしたラリーカーです。ちなみに、ダットサン・240Zとは、当時の海外モデルに付けられたネーミングです。
2.4LのSOHC直列4気筒エンジンを搭載、最高出力は220ps/7000rpmを発揮しました。展示されたモデルは、モナコを中心に開催された1972年のモンテカルロラリーで、雪や氷の中を走る過酷なコースで大活躍したマシンです。
当時は、ミニやシトロエン・DSといったFF(フロントエンジン・前輪駆動)車や、RR(リヤエンジン・後輪駆動)のポルシェ911やアルピーヌ・A110が活躍していた時代で、240Zが採用するFR(フロントエンジン・後輪駆動)は不利だと言われていました。
ところが、下馬評を覆し、トップのポルシェを激しく追い上げて見事に3位入賞。日産、ひいては日本車の高性能ぶりを世界に轟かせました。
ちなみに、その時のドライバーである名手ラウノ・アールトネンは、誰よりも後輪を激しくスライドさせるドライビングを見せながらも、ボディにかすり傷ひとつ負わせなかったことで、Zのハンドリングの良さを証明したそうです。
●ダットサン・バイオレットGT(1982年)
日産の4ドアセダン、バイオレットをベースにしたラリーカーです。日産ワークスのラリーカーは、ブルーバードや240Zの活躍が有名でしたが、実はバイオレットGTは1979年から1982年にかけて、アフリカの砂漠を走るサファリラリーで史上初の4連覇という偉業を達成した隠れた名車です。
展示されたのは、1982年のサファリラリー総合優勝マシン。搭載する直列4気筒DOHC4バルブエンジンは最高出力230ps・最大トルク245Nmもの高出力を発揮します。
実際のラリーでは、過酷なコースで何度もリアアクスルを破損させながら、激しく追い上げてくるオペルなどの欧州勢をなんとか振り切って勝利。まさに、死闘と呼ぶにふさわしい戦いだったそうです。
●ニッサン・240RS(1982年)
日産が、WRCのグループBという当時の最上位カテゴリーに参戦するために販売した240RSをベースにしたラリーカーです。量産車を使ったマシンで参戦しなければならないという規定に基づいて、200数台が販売されたというラリー競技専用のホモロゲーションモデルだった240RSは、3代目シルビア(S110型)がベース。
2340cc・直列4気筒のNA(自然吸気)エンジンを搭載し、スーパーチャージャーの組み合わせで最高出力は275psを発揮しました。
実際に、WRCに240RSが参戦したのは1983年からでしたが、このマシンはその前年にニュージーランド・ラリーで2位を獲得。また、その後も1983年のサファリ・ラリーで3位入賞を果たすなど、高いポテンシャルを発揮しました。
●スバル・インプレッサ555 WRC(1998年)
水平対向ボクサー4気筒エンジンとフルタイム4WDという、スバルが長年培った技術により、一時期WRCを席巻していたのがインプレッサです。
今回は、1998年にイタリアのサンレモラリーへ出場し、2位と3位に入賞したマシンが展示されました。
前年まで3年連続でメーカータイトルともいえるマニュファクチャラーズ・タイトルを獲得したインプレッサは、この年も、ドライバーのコリン・マクレーがポイントをリードしていましたが、三菱のランサー・エボリューションを駆る名手トミ・マキネンに逆転されタイトル防衛を逃します。
ただし、最終戦で電子制御セミATを導入するなど、翌シーズンに向けた開発が行われたそうです。このエピソードからも、当時のレースやラリーの参戦が、いかにクルマの技術的進歩へ繫がっていたかが伺えます。
なお、会場では、ほかにも2008年のインプレッサWRCも展示されました。
2005年以来、勝利から遠ざかっていたスバルが満を持して投入したマシンです。
大型化されたボディやロングホイールベース化でコーナーの速度やハンドリングの向上を実現、デビュー戦であるギリシャのアクロポリスラリーで2位を獲得するなどの戦績を残しています。
●ランチア・フルヴィア クーペ1.6HF(1974年)
ランチアが、ストラトスを投入する以前にラリーに参戦していたワークスマシン。
わずか18台が製造されたというレアなモデルで、独創的な狭角V型4気筒エンジンを縦置き搭載したFWD(前輪駆動)のクーペボディが特徴です。
主な戦績は、1974年の東アフリカ・サファリラリーの11位。イタリア車らしい小粋で流麗なボディは、ストラトスの戦闘的な車体と対照的で面白いですね。
●ランチア・ストラトスHF・GR.4(1981-82年)
スーパーカー世代の筆者が、子供の頃に憧れたラリーカーがランチア・ストラトス。
1974年から1976年の3年連続で、マニュファクチャラーズ・タイトルをイタリアのランチャにもたらした名車です。
今回展示されたのは、グループ4というカテゴリーに参戦した仕様。1981年のスペイン・ラリー選手権、1982年のスペイン・ツーリングカー選手権に投入され、いずれもシリーズチャンピオンに輝いたモデルです。
超ローフォルムの戦闘的なスタイルは、今見ても心躍りますね。
●ランチア・ラリー037エボリューション2(1984年)
当時のラリーカーは、ターボ化とフルタイム4WDが主流でしたが、このマシンは機械式スーパーチャージャーを採用した4気筒エンジンをミッドシップ・レイアウントで搭載。
持ち前の運動性能のよさと、ターボラグがない扱いやすいエンジン特性が武器となり、1983年に大活躍します。
今回展示されたのは、その1984年ワークスマシンで、ギリシャのアクロポリスラリーで4位入賞を果たした実績を誇ります。
●フィアット・アバルト131ラリー(1977年)
ランチアを傘下に収めるフィアットグループが、ストラトスに替わるワークスラリーカーのベースとして選んだのは、なんとファミリーセダンのフィアット131。
有名チューナーのアバルトの手により、見事に高い戦闘力を持って生まれ変わったそうです。
2Lの4気筒エンジンをフロントに搭載したFR(後輪駆動)マシンは、1977年、1978年、1980年の3度も年間タイトルを獲得する実力を発揮。
なお、今回展示されたのは、1977年にモナコで開催されたモンテカルロラリーで2位入賞を果たしたマシンです。
かつて輝かしい栄光を手中にしたラリーカーの数々、いかがでしたか? いずれも高性能を誇りつつも、機能美にも優れた名車ばかり。なかなかお目にかかれないクルマを目の当たりにして貴重な体験でした。
(文/写真:平塚直樹)