■バツグンの安定性はサーキットでのラップタイムを縮めることまちがいなし
先日、2020年3月をもって生産が中止となることが発表になったS660。
安全装備などが新しい規制に対応しないことが大きな理由ですが、残念に思っている人も多いことと思います。S660は2015年3月に発表されたモデルで、2018年にはコンプリートモデルのモデューロXが追加されています。
今回、S660の生産中止に合わせて、最終型のスペシャルモデルということで「S660モデューロX バージョンZ」というスペシャルモデルが販売されることになりました。
アルファベット最後の文字である「Z」に最終型という思いが込められています。
このS660モデューロX バージョンZの試乗は、千葉県にあるサーキット「袖ヶ浦フォレストレースウェイ」で開催されました。全長約2.5km、コーナーは数14(メインレイアウトで使うコーナー数は10)。400mのホームストレートを持つコースです。
今回の試乗はちょっと変わった形式で開催されました。試乗用に用意されたS660は3種で、それぞれ仕様が異なります。
最初に乗るのはノーマルのS660、最後に乗るのがモデューロX バージョンZです。2番目に乗るモデルは、モデューロXの仕様でエアロパーツのみ異なるものが装着されていました。
つまり、エアロパーツでどれくらい走りが変わるのか? をチェックするための仕様です。よりクルマの特性がわかりやすいようにということで、コース上には散水車によって水がまかれていましたが、試乗時にはほとんど乾いてしまっていてほぼドライ路面という状況でした。
ノーマルのS660でも袖ヶ浦フォレストレースウェイのコースではかなり楽しむドライビングができます。S660はミッドシップレイアウトのリヤドライブですが、コーナーでの動きはかなり穏やかにセッティングされています。
ミッドシップの場合は重量物が中心に集まっているため、コーナリング中にスピンモードに入りやすい(フィギュアスケートのスピン時に手を胸の前で組むとスピン速度が増すのと同じ)のですが、サスペンションやVSA(ビークル スタビリティ アシスト)のセッティングが絶妙なのです。
もちろんVSAにはオフボタンがあり、試乗はオフで行いましたが完全に切れるわけではないので、限界付近では制御が行われます。しかし、いかにもお節介な介入ではないので、十分にスポーツドライブを楽しめます。
2番目に乗るモデルはフロントのバンパーがアクセサリーで販売されているフロントフェイスキットを装着、リヤウイングのガーニーフラップが装着されていない、つまり空力関連のみノーマルに近い状態でのS660でコースインします。
ノーマルと比べると、グッと落ちついた雰囲気になっています。サスペンションは前後ともにバネレートをアップ、ショックアブソーバーの減衰力は伸び側を落とし、縮み側を上げています。
つまり、サスペションが伸びやすく縮みにくいセッティングです。この効果はしっかりと出ていて、路面の追従性が向上しています。縁石に乗り上げた際や縁石から下りる際の動きもピシッと引き締まったものに変化しています。
ホイールはノーマルに比べて1kgも軽量化されたうえで、ホイールそのものの剛性をダウンすることでタイヤのつっぱり感をなくし接地性をアップしているとのこと。たしかにタイヤのあたりがキツい感じはうけません。
いよいよ、フル装備状態のモデューロX バージョンZです。
ピットアウトして1コーナーをインベタで回ると2コーナーまでの短い直線が現れます。緩やかな2コーナーを回り、3コーナーまでの下り直線をフルスロットルで走りいったんブレーキングで3、4コーナーをクリアします。変化が大きかったのは5-6-7と連続する左コーナーです。
ここは高速コーナーになり空力の効果がもっとも大きく出る部分です。リヤタイヤの接地感が高く、5コーナー進入時にアクセルを戻した際の安定感も高く、その後にアクセルをしっかり踏んだままでコーナーをクリアできます。
続く8コーナーには減速しながら入り、右ヘヤピンとなる9コーナーが待ち構えます。モデューロXのフロントバンパーのサイドにはエアロガイドステップ呼ばれる膨らみがあり、これがステアリングを切った際のタイヤまわりの乱流を制御して安定感を向上しているとのこと。
こうしたヘアピンコーナーのような舵角の大きいところほどその効果は高いのでしょう。フロントまわりの不整な動きが抑制されている印象です。このコーナーをいかに上手に回るかで、最終コーナーの進入速度が変わり、ストレートエンドの速度も変わります。ドライバーの馴れもあるでしょうが、最終コーナーの進入速度はノーマルと比べ15km/hアップしていました。
約400mのストレートを走りフルブレーキングして1コーナーに入ります。ドリルドタイプのローターとスポーツパッドが装着されたブレーキはしっかりとした制動力を発揮します。
この点は2番目のモデルも同様です。踏み込んだ瞬間にガツンと減速Gが発生、同時にエマージェンシーストップシグナルとしてハザードランプが高速点滅します。ブレーキペダルを戻しつつのコントロール性もいいフィーリングでした。
袖ヶ浦フォレストレースウェイとS660モデューロX バージョンZとのマッチングはバッチリで、超楽しい走りを味わうことができました。
いい部分ばかりが目立つS660モデューロX バージョンZですが、弱点はないのでしょうか? 唯一の弱点は315万400円という価格でしょう。
ベースモデルのαが231万1000円なので価格差は80万円を超えてしまいます。しかしながら、世界に唯一の軽ミッドシップオープンスポーツの最終限定車ということを考慮すれば、この価格差も受け入れられるレベルとなるかもしれません。
(文・諸星 陽一/写真・前田恵介)