目次
■トヨタにとって「GR」ってなんだろう?
●耐久レース参戦から得たノウハウを市販車へフィードバック
昨2020年に登場したGRヤリスは、トヨタにとってセリカGT-FOUR以来となるモータースポーツ由来のスポーツカーなのだそうです。かつてアウディ創設者のアウグスト・ホルヒや本田宗一郎が「レースは走る実験室」と言葉を残しているけれど、他ブランドもモータースポーツに参加しながら車両性能を鍛えたり、先進技術の研究に活かしたりしています。また自動車の黎明期、ヨーロッパではレースは実験室のみならず、そこで勝つことでブランド価値を高め、販売に繋げることも目的でした。優れた性能を与えられたマシンが勝てばメーカーの名前もクルマの印象も上がる、相乗効果あり。モータースポーツの歴史の長いヨーロッパでは、そのようにしてレースやクルマのファンを増やしてきているんですよね。
近年、トヨタはWECやル・マン24時間レース、WRC参戦に力を入れています。それは優勝することだけが目的(ゴール)ではなく、市販車の性能向上に繋げるというもう一つの目的があるのです。
GRヤリスは、トヨタにとっては近年のレース活動=実験室で得たノウハウをすべて市販車に詰め込んだ初めてのモデル。
2017年からWRCに参戦復帰したトヨタ。世界耐久選手権(WEC)やル・マン24時間耐久レースへの参戦の歴史は、1980年代に遡ることができますが、現在の活動の起点は2012年~と時代を区切ることができるでしょう。国内外で様々なレースに参戦していますが、とりわけ“時間も距離も沢山走れるレース”に“人、材、財”の価値を見いだしているようです。スプリントレースのように、ちょっと走る間だけクルマがもてばいいというのではない競技内容に、車両の基本性能を磨く、鍛えるという目的を置いているのです。
しかもその舞台裏はとても地道なものだったみたい。例えばWRCは金・土・日のSS(数や長距離)を走り、そのなかでマシンを治しては走るという作業を繰り返してきたそうです。すると、より過酷かつリアルな環境下でクルマのことを知る人材が育ち、車両の耐久性や運動性能なども磨かれ、それを市販車に落とし込むことができる。「我々の意義に非常にマッチしている」とGRマネジメント部の木下氏は言います。
WECについてもしかり。ル・マンに代表されるような24時間耐久レースとなると、それだけ走りきれるクルマづくりはスプリントレースとは違った人とクルマの耐久性を鍛える、学びがある。という意味で、トヨタGAZOOレーシングはWRCとWECという二大世界戦に参戦しているのです。
GRヤリスは、そのような地道な活動を経て誕生した第一弾。それより前にはGRMNやGRスポーツのシリーズなどがあったけれど、GRヤリスほどモータースポーツの知見を投入したモデルはかつてなかったと言います。リアルなレース現場で得た知見に加え、ニュル24時間への参戦やドリフトコントロールに夢中になっていたモリゾウこと豊田章男社長のそれらの行動も、パフォーマンスではないかと思われた過去も、確実に今に繋がっています。
現在は豊田章男氏もマスタードライバーの一人としてラリードライバーのトミー・マキネン氏らの、いわゆるクルマの動的性能有識者らと共に、限られた時間のなかで乗って壊して治すことを徹底的に繰り返し鍛えたモデルなのだとか。余談ながら一人のクルマ好きとしては、クルマ好きが自分の好きなスポーツカーを世に送り出せるなんて素晴らしいじゃないか、と開発の背景をうかがい、実際にGRヤリスのドライバビリティを体験しワクワクさせられました。大人になるとそんな誕生の背景も込みで心動かされるものです。
●モリゾウが築いてきたGAZOOレーシングの足跡
せっかくなので、豊田章男氏の今に繋がる足跡に触れておこうと思います。モリゾウ(豊田章男社長)がこのモータースポーツ活動を始めたときは、名前に“トヨタ”は付かず、GAZOOレーシングでした。当時、章男氏は「もっと良いクルマづくりのため」と、いまでこそそのマインドは周知され広がってきたものの、まだ実績がないなかで始めた活動。いくら社長の一声とは言え、変革には挑戦があり、変わることには抵抗もあったわけです。当時、トヨタと名乗れなかったことはご本人にとっては悔しい思いをしていたと言います。
遡れば章男氏が社長に就任する以前、中古車のビジネスを担当していた時代に、テクノロジー面の改革(デジタル化)を促し中古車をより早くユーザーに届けるしくみ『GAZOO.com(ガズー・ドット・コム)』を立ち上げました。どんなクルマがあるのかを画像検索システムを使って、スピード感を持って見つけることをやりたかっただけだったけれど、それを導入すること自体も変革であり、当時は挑戦だったそうです。“挑戦”の導火線はやがてモータスポーツ活動に拡がり、活動を始めるときにもGAZOOのネーミングを採用。今のトヨタGAZOOレーシングにも、変革への挑戦が共通のマインドとして受け継がれているのですね。
これをモータースポーツ軸で切り取ると、トヨタというマニュファクチャーがニュルに参戦(2007年)するというのに、最初はアルテッツァの中古車を探してレーシングカーに仕上げるところから始まったのだとか。挑戦には抵抗もつきもの。最初から完璧な体制では臨めなかったというワケです。
「いまでこそ市販車のスープラで出られるようになったものの、当時はトヨタだけ昔の中古車だったことを考えると、現在の活動はものすごい進歩」と木下氏。
さらに「ずっと一環しているのは、ちょっと語弊があるかもしれないけれど、勝ってワーイと喜ぶという世界感ではないことです。ニュルの過酷な道で鍛えられた人が量産車を造る。もちろんクルマも鍛えられ、商品にフィードバックすることを主眼においてニュル参戦を続けてきたんです」と振り返ります。
GAZOOレーシングとして「良いクルマづくり」を目指す活動は、2009年から本格化していきました。ニュル24時間にWECやル・マン24時間、WRCなど…、GRヤリスの誕生は決して簡単なことではなく、ものづくり=開発をするための準備に多大な費用と時間を人とクルマにつぎ込んできたことを、改めてうかがい知ることができるというものではないでしょうか。
●「GRブランド」の、さらなる広がりに期待!
そんなモータースポーツ活動と公道やオーナーたちを繋ぐ役割を果たしているのが、トヨタの社内カンパニーであるGRカンパニー(GAZOO Racing Company)。GRブランドの展開を担当しています。
モデルラインナップは車名の前にGRがつくGRヤリスやGRスープラのようなスポーツカーとして生まれるべく、専用の開発やユニットを搭載する“GR”。 「純粋なスポーツカーを造るぞ!」と言ってつくったクルマたちですね。
また車名の後ろに”GR SPORT“が付くCH-Rやプリウス、ノア/ボクシーなど。これらは既存のモデルをGRがスポーティにコンバージョンしたラインですが、これまでGRレーシングが得た知見やノウハウ=セッティングやボディ補強などが施されています。
市販車にGRの味付けを採り入れたモデルがGRMN(GAZOO Racing tuned by Meister of Nürburgring)というフルチューンコンプリートモデルの限定生産(開発)されたライン。例えばVitz GRMNやMARK X GRMNなどがあります。
つまり、これまではGRMNが、GRカンパニーのラインアップ・ピラミッドでは頂点にあったけれど、それは2017年のラインアップによるものであって、GRスープラについで100%GRメイドとなるGRヤリスのような、本当の意味でのスペシャリティモデルが登場した今、GRスープラとも生い立ちは少し違うし立ち位置は同じでいいのかなど、そのラインアップ構造も変わる必要があるかもしれません。GRカンパニーでも改めて整理が必要であるという課題を認識しているようです。
ただ、これまでの活動によってGRブランドの幅や可能性が広がったことは間違いないでしょう。GRブランドの今後について木下氏は「トップエンドモデルばかりを扱うブランドではないので、皆さまに愉しんでいただけるラインナップを持っていくのは当然と考えていますが、具体的な内容について今はまだ答えられません。ただGRのブランドを拡げていくつもりです」とおっしゃっていました。
トヨタ自動車のトヨタ、レクサス、そして3つめのブランドとしてGRが育ってきている状況です。赤黒の平行四辺形のGRバッヂがつくクルマは、求める性能によってチューニングレベルの差こそあれど、GRはこういうクルマ、こういう乗り味、こういう体験ができるブランドだよね、という幅広い意味でのブランディングも当然ながら重要だと考えているようです。
クルマ好きはBMWのM社やメルセデスのAMGのような立ち位置をついイメージしたくなるけれど、GRはそれらともまた少し違います。ではVWグループでいうところのVW、アウディ、ポルシェみたいな感覚かなと想像をするも、長い歴史のあるポルシェにはリスペクトもあり、それと同じこと(クルマづくりもポルシェのような憧れのスポーツカーブランドになることも)をこの10数年でできるとは思っていません。でも一人のスポーツカー好きとしてはまだまだ誕生の浅いGRカンパニーゆえに、他ブランドのような法則などはとりあえず置いておいて、新しい存在を築くこともまたチャレンジではないかと、継続こそブランドの価値に繋がるのではないかと思うのです。そのためにもGRヤリスに続くモデルの登場も期待したいですよね。
今シーズンのWECは新たなレギュレーションに則し新開発されたGR010で戦うと発表されています。GRヤリスに続く走る実験室から生まれる市販車に期待しながら、トヨタのモータースポーツ活動を応援するのも悪くないです。シリーズチャンピオンを獲ってもなお参戦を続けているマシンの向こう側に、市販車を重ねて見ることができると思うと、モータースポーツ&スポーツカーファンにとって、GRレーシングを勝つために応援するだけでなく、今後の市販車への期待も込められるというものではないでしょうか。
(文:飯田 裕子/写真:井上 誠・トヨタ自動車)
【最新関連記事】
コロナで見えた!?クルマをもっと好きになる優しい気遣いと健康管理法とは?【対談:飯田裕子×工藤貴宏】https://clicccar.com/2021/01/22/1050500/