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■ネットにあふれている交通違反に関するデマを信じるな!
交通違反のあれこれについて、ネットにはデマがあふれている。
私の知識が完璧というつもりはないが、それにしても「おいおい、何も知らない人が信じ込んじゃったらどうするの!」と呆れるデタラメが野放しになっている。
そんなデマが動機になった殺人事件もある。
ウソじゃない。私は裁判傍聴マニアでもあり、その裁判を傍聴したのだ。ご報告しよう。
被告人は69歳、スリムで長身の男性だった。若いときはモテたのだろうと思わせる顔立ちだ。暖かそうなフリースを着て、生気のない感じで背を丸めている。
30歳のときA子と結婚、長男のBが生まれた。50歳頃に別居し、別の女性と暮らし始めた。
やがて仕事(自営業)がうまくいかなくなった。「恥をさらすのは嫌だ」と自己破産せず、借金は2400万円ほどにまでふくらんだ。
自殺しようと思った。だがこう考え直したのだという。
「A子は借金の保証人になっている。自分が死ねばA子に借金がいく。A子は死んだほうが楽だ。A子が死んだらBは1人では生きていけない。A子とBは一心同体だから」
長男のBは対人恐怖症などで、いわゆる「引きこもり」だったらしい。ただし、親とは普通に会話し、運転免許を取りたいとか前向きなところもあったそうだ。
被告人は一家心中を決意。レンタカーを借り、A子とBを乗せて箱根へ出かけた。
しかし心中しきれず、こう考え直した。
「心中したら、好意で金を貸してくれた友人に義理が立たない。だから2人に死んでもらい、借金の返済は塀の中から少しでも、と思いました。C子(当時同居していた別の女性)への置き手紙にも、塀の中で命続く限り仕事をと…」
●刑務作業の報奨金はせいぜい百数十円なのに…
おいおい! である。死刑ではなく懲役刑で済むとしても、刑務作業の報奨金は1日数十円からせいぜい百数十円らしい。
被告人は69歳。「命続く限り仕事を」しても、2400万円の1パーセントも返せない。「借金の返済は塀の中から」って意味分かんない!
ところが、嗚呼、被告人はとんでもないことを言うのだった。
「恥ずかしい話ですが、間違った理解をしていました。懲役は、1日5千円の労役に服するのとは違うと、あとで分かりました。現金収入が入るのではなかった。しかし私は、1日5千円なら年間180万円、10年で1800万円、かなり身ぎれいになれると思っていました」
懲役刑は1日5千円の仕事、しかも3食付きで衣服・住居付き、被告人はそう思い込んでいたのだ。
なぜそんなバカな勘違いを?
ははぁ、と私は思い当たった。
当時、ネットの匿名掲示板などで、交通違反の罰金についてこんな言及というか断言がよくあった。普通にあった。
「罰金とか拒否ったら刑務所で日給5千円の強制労働だw」
※「w」は「(笑)」の意味。
●「日給5千円の強制労働」というデマを信じたせいで…
今もだいぶ残っているんじゃないか。
そうしたネット情報の「刑務所」「日給5千円」「強制労働」の文言が被告人の頭に焼き付いてしまったらしい。
だがそれは完全に誤っている。ご説明しよう。
数万円から数十万円の罰金刑の判決または略式命令の主文はこうだ。
「主文。被告人を罰金×万円に処する。その罰金を完納できないときは、金5千円を1日に換算した期間、被告人を労役場に留置する」
後段を「換刑」処分という。財産刑を執行できないとき、かわりに「労役場留置」という自由刑で執行し、その期間を1日5千円で計算するのである。
●労役作業の期間を1日5千円で計算しているだけ
目的は自由を奪うこと。労役作業は形ばかりだ。私が体験者から聞いたところでは、封筒貼り、ビーズの色分け。女性下着のハンガーの「B75」とかいうシールを剥がす作業をした人もいる。作業の出来高は問題にされなかったという。土日は作業はなく、なくても留置期間に含まれる。
労役場留置は自由刑の執行だ。自由を奪う期間を1日5千円換算で決めるにすぎない。労働の対価ではなく、いわば自由の対価が1日5千円なのである。
しかしネットの匿名掲示板などでは「刑務所で日給5千円の強制労働」などと書かれ、もう長く定着している。
被告人は、おそらくそうしたものを見たか聞いたかしたのだろう、「刑務所で日給5千円の強制労働」というイメージが焼き付いた。
●追い込まれた被告人はついに…
そうして…。
被告人が法廷で語った殺害シーンは、あまりに生々しい。吐き気をもよおす方もおいでだろう。省略する。とにかく被告人は息子のBを殺害した。それでもう疲労困憊し、A子の殺害はあきらめた。
この殺人事件は全国報道され、さっそく匿名掲示板に転載されネタになった。
報道にはBは「無職、38歳」とあり、「ごくつぶしのニートを1人減らしてグッジョブ」といった匿名投稿がなされた。
私は傍聴席で思った。デマを真に受け、懲役も「日給5千円の強制労働」と思い込んだ父親によって殺害され、ネットの匿名者たちから誹謗中傷されるって、Bが可哀想すぎる!
こんなバカげた動機を、しかし世間は知らない。テレビ、新聞は外形のみの逮捕報道しかせず、そしてデマはいつまでもネット上を漂い続ける。
(今井亮一)
今井亮一【いまい・りょういち】
交通違反・取り締まりを取材、研究し続けて約40年、行政文書の開示請求に熱中して約20年。裁判傍聴マニアになって17年目。『なんでこれが交通違反なの!?』(草思社)など著書多数。雑誌やテレビ等々での肩書きは「交通ジャーナリスト」。2020年の目標は東京航空計器の新型オービス(レーザー式)の裁判を傍聴すること!
【関連リンク】
今井亮一の交通違反バカ一代!
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