【初試乗】「Audi e-tron」は、アウディらしいダイナミクスをもったEVカーだった。

Audi e-tron

アウディ e トロン

初試乗の舞台は2025年に完成する
アブダビのスマートシティ。

アウディ初の市販EV「e-tron」の試乗の場に選ばれたのは、アラブ首長国連邦の首都アブダビだった。アブダビ国際空港からほど近いマスダールシティは、2006年に計画がはじまり、2020年から2025年の完成を予定するスマートシティだ。砂漠の真ん中に自然エネルギーを活用したサスティナブルな都市を建設している。シティ内では内燃エンジンをもつ自動車の使用は認められておらず、小型モビリティとして自動運転EVなどの運用も始まっていた。e-tronがデビューを飾るには格好の舞台というわけだ。

テストカーは2600台の「発売記念」限定車。

試乗用に供されたのは、e-tron専用カラーのアンティグアブルーに彩られた2600台の限定モデル「e-tron edition one」だった。これはバーチャルエクステリアミラーやマトリクスLEDヘッドライト、21インチホイール、オレンジのブレーキキャリパー、充電フラップに配されたオレンジの専用バッヂなどを標準装備する充実仕様だ。

ボディサイズは、Q5とQ7の間。

エクステリアではプラチナグレーのフレームをもつシングルフレームグリルや、ヘッドライトの下側に配された4本の水平なデイタイムランニングライトがEV専用のデザイン。ボディサイズは、全長4.9m、全幅1.94m、全高1.62m、ホイールベース2.93mと、全長と全幅はちょうどQ5とQ7の間で、全高はQ5よりも約40mm低いスポーティなデザインだ。陽光の元で初めて見たe-tronからは、ブリスターのように盛り上がった筋肉質なフェンダーのデザインなど、従来のSUVとは異なる新しさ、スポーティさが伝わってくる。

新世代を感じるコクピット。

インテリアは、ダッシュボードからドアにかけて一連の大きな弧を描くラップアラウンドデザインをベースに、高精細液晶のバーチャルコクピットや、センターコンソールにドライバー側にオフセットして配置された上下2段の大型ディスプレイなど水平基調の要素が整然と落とし込まれている。上段のディスプレイパネルの電源をオフにすると、周囲のベゼルと溶け込んでまるでブラックの加飾パネルのようになるのもユニークだ。また、シフトスイッチのデザインも新しい。親指と人さし指でタップすることでシフト操作を行うものだ。

バーチャル エクステリア ミラーを採用するが・・・。

バーチャル エクステリア ミラーのモニターとしては、ドアインナーハンドルの上部に7インチOLEDディスプレイが収まる。通常であればスピーカーなどが配置される場所だ。ディスプレイは高精細だし、描写としてはまったくクリアなのだが、慣れるには少々時間を要した。特に運転席側は通常のミラーよりも少し目線を下に落とす必要があるため、視線移動が大きくなる。できることならAピラーの付け根の三角部分にディスプレイを収めてほしいと思ったが、運転中の視界に入る高い位置に常時オンになっているディスプレイを配置するのはどうなのかといった議論もあったという。特に夜間は格段に見やすいと感じた。トヨタをはじめまだ世界的にも新しい技術だけに、今後の進化に期待したい。

航続可能距離は400km以上!

e-tronは、前後に2つのモーターを搭載、駆動方式はもちろんクワトロ(4WD)だ。システム出力は通常時は265kW、トルクは561Nmを発揮。ブーストモード時には最大300kW、トルクは664Nmとなり、0 – 100km/h加速は5.7秒で到達する。バッテリー容量は95kWで、100kWのテスラモデルSやXとほぼ同等の数値だ。そして一充電航続可能距離は400km以上(WLTPドライビングモード)を標榜する。

21インチとは思えない快適さ。

親指でDレンジをセレクトし、ブレーキペダルから足を離してもクルマは動かない。消費電力を極力おさえるためクリープはしないセッティングにしたという。ぐっとアクセルペダルに力を込めると、スルスルと音もなく滑るように走りだす。アブダビの市街地では至るところにロードバンプが配置されているのだが、それを絶妙にいなす。

アウディドライブセレクトは7つのプロファイル(オート、コンフォート、ダイナミック、エフィシェンシー、インディビジュアル、オールロード、オンロード)からモード選択が可能で車高調整機能を備えたエアサスペンションは、モードに応じてショックアブソーバーを自動制御してくれる。とても21インチタイヤの乗り心地とは思えないほど快適だ。

静かすぎて分からない加速感。

高速道路に入ると、その快適さが増す。アブダビの高速道路は制限速度120km/h区間が多く、ときに140km/hや160km/hの区間があらわれるのだが、どの速度域でも大人4人が声を張り上げることなく会話を楽しむことができた。バーチャルエクステリアミラーも相当に空力に貢献しているようで風切り音もほとんど聞こえない。

専用開発されたというグッドイヤー製イーグルF1のロードノイズも意外なほど少ない。同乗者のひとりが「加速はそれほどでもないね」というが、静かすぎて分からないのだ。バッテリー保護のため制限速度は200km/hに抑えられているというが、本当に160km/hなどあっという間だ。スピードカメラが雨後の筍のように設置されたアブダビの高速道路で幾度となく肝を冷やした。

ブーストモードで一気に駆け上がる!

アブダビでは貴重な山岳地域「Jebel Hafeet(空の山)」にたどりつくと、ダイナミック性能と回生性能を試した。同乗していたe-tronのシャシー担当エンジニアが、「ドライブセレクトをダイナミックにしてとにかくアクセルを目一杯踏んでみろ!」という。かなりの急勾配で、高速コーナーと適度にタイトなコーナーを組み合わせた山岳路を大人4人を乗せたe-tronは、ブーストモードで一気に駆け上がる。

駆動トルクはリヤがメイン。

クワトロのセッティングはSUVのそれというよりは、明確にスポーツカー志向。床一面に配されたバッテリーを覆うアルミ押し出し材によるフレームが重さと引き換えに圧倒的なボディ剛性を生み出しており大きな体躯にもかかわらずボディはミシリとも言わない。重量配分は50:50、駆動トルクはリアアクスルをメインに配分され、アクセルを踏み込むと同時に後輪にトラクションを感じる。そしてミリ単位のステア操作に気持ちよく反応するハンドリング性能で、およそ2.5トンもあるSUVとは思えないほどの回頭性をみせた。エンジニアは、「システムが走行状況を検知して電気モーターのトルクが立ち上がるまでの時間はわずか0.03秒だ。これは従来のすべてのクワトロ車の中でもっとも速い」と胸を張る。

左右のパドルで回生の調整が可能。

山岳路の下りでは、回生エネルギーを意識してドライブする。基本はアクセルペダルから足を離したコースティング時と制動時で回生を行う。回生の強さはステアリングの左右に配されたパドルで、シフトダウンの要領で左のパドルをはたくと3段階で回生を強く、逆に右のパドルでは弱く調整する。最大0.3Gまでの減速が可能で、いわゆる1ペダル操作が可能というほどは回生の度合いは強くないが、それは欧州ではそれほど回生が強いものは好まれないという調査結果によるものという。

200km走行してもバッテリー残量は38%

昼食会場まで約200kmを走りおえた時点で、残りの航続可能距離は113km、バッテリー残量は38%と表示されていた。e-tronは市販車として初めて150kWの直流(DC)急速充電で、およそ30分で約80%の充電が可能だ。会場には日本ではまだ見たこともなかった150kWの充電施設が用意されていた。e-tronはCHAdeMO規格にも対応するというが、現時点で日本では最大50kWとなっており、このあたりのインフラ整備はe-tronのような大容量EVが増えてくる今後の大きな課題といえるだろう。

オフロードもこなす「e-tron」

午後のセッションでは、岩山や、さらには砂漠地帯でのドライブも体験した。オフロードモードを選択し、スタートする。サラサラのいかにもスタックしそうな砂をe-tronはいともたやすくグリップする。ときにステアリングを左右にきって慣性をつけ、アクセルを踏んでテールを振り出してみようと試みるも限界は相当に高く、姿勢が容易に崩れることはない。スタビリティコントロールやトルクベクタリングがドライバーに気づかせることなく、さりげなく作動し、何事もなかったかのように安定軌道に戻す。ダイナミックモードでESCをオフにすればかなり楽しめるセッティングになっているというが、電費を考慮してオフロードモードでゴールを目指すことにした。

「EVでもアウディ」という主義主張。

e-tronの商品企画担当者に、想定するライバルは何か? e-tronの独自性とは何なのか? と尋ねると、「ライバルはいない。われわれの個性とはアウディデザインであり、クワトロの技術がもたらすファンなドライビングダイナミクスだ。それはEVであっても変わらない」と力強く答えた。たしかに内燃のエンジンのようなわかりやすい刺激はない。しかし、あのクルマともこのクルマとも違うのもまた事実だ。EVの時代になるとクルマから個性が失われる、という懸念はどうやら杞憂だったようだ。

REPORT/藤野太一(Taichi FUJINO)

(GENROQ Web編集部)