【訃報】富士グラチャン、全日本F2チャンプだった松本恵二さんが逝去

全日本F2選手権や富士グランドチャンピオンシリーズ、全日本スポーツプロトタイプカー選手権などで70年代後半から92年まで大活躍されていた松本恵二さんが、17日に65歳でご逝去されました。

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松本恵二さんは、星野一義さんや長谷見昌弘さん、中嶋悟さん等とともに全日本F2選手権や富士グラチャンなどで活躍しました。

1979年に全日本F2チャンピオン。1983年には- 富士グランドチャンピオンシリーズ・チャンピオン。

また日本たばこ産業の赤いタバコがモータースポーツで一大キャンペーンを打った際、初代イメージキャラクターとして起用されたことで、レースファンのみならずレースを知らない方々への知名度も絶大。

筆者が松本恵二さんの出場したレースを何戦か観戦していましたが、忘れられないのは1985年の 世界耐久選手権富士6時間レースWEC in JAPANの優勝。星野一義さん、萩原光さん(故人)とともにマーチ・85G/日産をドライブして、ワークスのポルシェ956などが撤退するほどの悪天候の中でマーチ・85G/日産「シルビアターボC」は日本人初の世界耐久選手権優勝を果たします。

全日本F2選手権も1985年には、デビューしたてのヤマハエンジンで参戦。この年はシリーズチャンピオンには手が届きませんでしたが、翌年はホンダ対ヤマハの、まるでバイクレースのような一騎打ちになります。

筆者の印象では、松本恵二さんは悪条件でこそ光る才能の持ち主でした。そんな彼が、当時最もあこがれるべきCMカテゴリーであるタバコのイメージキャラクターになったというのは、まさに必然ではなかったのではないでしょうか。

カッコイイ男の代表とも言える松本恵二さん。ご冥福をお祈り申し上げます。

(松永和浩)

 

この記事の著者

松永 和浩 近影

松永 和浩

1966年丙午生まれ。東京都出身。大学では教育学部なのに電機関連会社で電気工事の現場監督や電気自動車用充電インフラの開発などを担当する会社員から紆余曲折を経て、自動車メディアでライターやフォトグラファーとして活動することになって現在に至ります。
3年に2台のペースで中古車を買い替える中古車マニア。中古車をいかに安く手に入れ、手間をかけずに長く乗るかということばかり考えています。
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