【試乗記】これで439万円は安すぎる!? 脚の良さに唸ったキャデラックATSの驚愕の走行性能

欧州のプレミアム御三家と真っ向勝負をするために生み出されたキャデラックの意欲作、ATS

このキャデラックATSを借り出して六本木のキャデラックカフェを出発し、首都高速、東名、保土ヶ谷バイパス、横浜横須賀道路など高速道路を経由して葉山へと向かうルートを思う存分走りこんできました。

乗りこんでまず感動するのがモダンな印象のインテリア。

黒が基調のインテリアですが、革と樹脂、ガラス等の質感の違いでコントラストがつけられていて黒一色と言っても単調ではないところがさすがプレミアムセダン。そこにアクセントとして入るクロークのモール類、木目ではなくアルミの磨き方でコントラストをつけたパネルなど、サイズの違いはあっても基本的に最新のキャデラック全車に共通するデザインテーマに則っているので満足感がかなり高い。

余談ですが、木目パネルを採用しなかったのは正解です。欧州のDセグメントに使われる木目は、木の幹の部分を使う横縞が多いのですが、実はこれってヨーロッパ的な階級表現の一つなのです。一つ上のセグメントに行くと、より根元に近い部分を使ってコブを磨いた丸っぽい模様が増えてきます。欧州ブランドの最上モデルだとコブだらけの木目で、パネルにも塊まり感があり、より高級に見えます。つまり木目パネルは階級というかクラスというか、ヒエラルキーの象徴なのです。

キャデラックは、誰もが成功できるという夢を持ったクラスレスなアメリカを代表する高級車ブランドですので木目パネルは似合わないのではないでしょうか。だからこそ、このATSに木目パネルを採用しなかったことが好ましいと思うのです。

試乗の当日の午前は大雨。雪の予報すら出ていたのですが気温が下がらなかったので大雨になっていました。雨の音っていうのは結構気になるものなのですが、走り出せばBOSEノイズキャンセラーのおかげでムチャクチャ静か。エンジンノイズやロードノイズは言うに及ばず、雨音やタイヤが雨水を掻く音などもかなり小さくなっています。

それにエンジンのトルクがかなり太く、35.9kg・mの最大トルクが1700回転から発生するためにエンジン回転を上げなくてもスルスルと走ってしまう。100km/h巡航の回転数は1500回転くらい。これくらいの低回転なら車内に入り込むエンジンノイズなど皆無です。総合的な車体の遮音と、仕上げのスパイスとしてのノイズキャンセルシステム。この両者が組み合わさるときの静粛性の高さは異次元の体験です。

2リッター直噴ターボで276馬力はライバルより30~60馬力も高い。これを聞いて、どれだけ飛ばさせるエンジンなのだろうか?と心配をしていたのです。しかしキャデラックATSは街中でゆっくり走ってもせかされる雰囲気は皆無です。むしろ豊かなトルクで安心感を持ってクルージングできます。リラックスした状態高速道路を走れば前述のとおり100km/hで1500回転くらい。ほとんどアイドリング状態ですよ。可変バルブタイミングの制御がかなり優秀なのでしょう。

高速巡航でツキモノの追い越し加速。6段トルコンATのオートモードでもシフトダウン無しにかなり加速をしてくれます。可変バルブタイミングの変化など一切気がつかないし、ターボラグなどというものも皆無。低・中速トルクの太さはかなりのもので、よほど高回転までまわさなければ自然吸気の4リッター車くらいの感覚で加速します。80~100km/hの追い越し加速はもっと豊かに、それ以上の排気量のトルクを感じます。

それ以上の高回転までエンジンを回すと、なんだか気持ちいい4気筒ツインカムのエンジン音がかすかに聞こえてきます。音質はセリカGT-FOUR RC(←ここ重要)の3S-Gターボに似てないこともない、かと。

とにかく体感の動力性能はライバルをはるかに超えています。欧州のライバルは、より高価なスポーツグレードで初めてタメを張るのではないでしょうか?さすが2013年の北米カー・オブ・ザ・イヤー!

高速道路でのクルージングではオーディオもチェック。CUEとBOSEサウンドシステムの組合せということで早速Bluetooth経由でiPod Touchを接続。初期設定のあまりの簡単さにビックリしてしまいました。CUEのBluetoothはかなり賢い。サウンド的には良くも悪くもBOSE。低音が固いのはいつものクセですが、中音のボリューム感と高音の伸びはかなりのもの。ボーカル系に向いたセッティングと言えるかもしれません。でもクラフトワークなどのオールドテクノも割と良かった。

 

試乗したグレードの「ラグジュアリー」は減衰力固定式のショックアブソーバーを装備したサスペンションですが、乗り心地はかなり締まっています。固いという印象ではなく締まっているという感じを受ける最大のポイントは、サスペンションがよく動くところ。強めの加速をしてもダックテールにはならないのに、その間に目地段差があってもバネ下で吸収してくれる様です。そこを乗り越える際に「トンっ」くる感じは、ショックというよりインフォメーションといったところでしょうか。

 FRの駆動方式で雪対応のオールシーズンタイヤを履いているにも関わらず、どこから急加速してもリアタイヤが負けるということは皆無。電子制御デバイスのおかげよりも、それ以上に感じるのは基本骨格のかなり強い印象。タイヤにまっすぐ入力されたパワーが、しっかりと路面に伝わる感じがお尻を通じてはっきりと体感できます。しかも土砂降りの雨で。

このクラスとしてはかなり軽量な1580kgの車重なのに垂直加重がかなり高い。つまりタイヤを路面に押し付ける強さは相当なものなのではないかと。

 

葉山に到着後、ワインディングでの試乗は筆者では役不足。そこでクリッカーでもお馴染み、スーパー耐久出場中のレーシングドライバー野上達也選手に試乗をお願いしました。

一切の予備知識も与えずに「15分くらい乗ってきて」と、いきなりスマートキーを渡してみることに。タイヤが何を履いているかなど一切知らせていません。そして戻ってくるなり「ビックリしたぁっ!」と

野上選手「結構いいペースでコーナーに突っ込んでも、ピタッとライン上に乗っかるんですよ。大きさの割りに鼻の入りが軽いのに、このサイズでそのままラインに乗れるなんて、本当にビックリです」

その野上選手にタイヤを見せると二度ビックリ。

その後も走行写真の撮影などで2時間近くドライブしてもらった感想は

「キャデラックってことでユルユルなイメージがあったんですけど、これ、相当アシがいいですよ。ドライの公道レベルでは多少のことでもタイヤが鳴くことすらないし、これだけパワーがあるのにデバイスの介入以前に安全にコーナーをクリアできるところが驚き。」

野上選手が言うように、このATSはライバルより30馬力以上もハイパワーな276馬力。それをジャジャ馬ではなく、しっかりといなしているこの足回りは、相当にレベルが高い。しかも減衰力固定式ショックアブソーバーで実現しているのですから相当に驚きです。足回り以外にも前後重量配分が完全に50:50であることや、かなり剛性を高めたボディがサスペンションを支えていることなど、多くの要素が組み合わさることでもたらされる走行性能なのです。 さすがニュルブルクリンクで開発しただけのことはあります。

上級グレードの「プレミアム」にはキャデラックお得意の減衰力可変ショックアブソーバー「マグネティック・ライドコントロール」が装着されるということですから、さらにレベルの高いサスペンションシステムとなるのでしょう。このプレミアムは、ぜひサーキットで乗ってみたいですよね。

 走行性能だけでもこれだけのトピックを与えてくれるキャディラックATSで、本当に一番の驚愕はなにか。それは、これだけの性能と高級感、満足度を兼ね備えていながら車両価格が439万円という設定、というところです。前述しましたが、性能的なライバルと比べても150万円ほど低い価格設定。そのライバルの廉価で標準的な仕様と比べても、まだ50万円以上安価。それこそ国産の高性能車と予算比較ができるレベルの価格でこの性能が手に入るとなれば、安すぎる!と言い切ってしまってもなんら問題はないのでは?

そんな価格設定であっても、そこはアメリカを代表する高級車ブランド「キャデラック」が送り出すプレミアムDセグメントですから、プライドが違います。そのプライドがここまで高い走行性能と満足感の高い質感を与えてしまったのだろうと考えると、このクルマは、かなり「攻めている」と言えるでしょう。

欧州ライバルのクルマは手に入れることがゴールというようなイメージですが、同じプレミアムDセグメントでも、このキャデラックATSは成功しようとする者が、そのスタートラインで乗るクルマというイメージを持ちました。若さというよりもパワーで攻め込む開拓者の精神でしょうか。そういうイメージを持てるクルマがこれからのアメリカ車を代表していくと考えます。これは間違いなく人生を攻めていくためのクルマです。

■キャデラックATS公式サイト
http://www.cadillac.co.jp/lineup/ats/

(文:北森涼介 走行写真:北森涼介 室内写真:井元貴幸)

この記事の著者

松永 和浩 近影

松永 和浩

1966年丙午生まれ。東京都出身。大学では教育学部なのに電機関連会社で電気工事の現場監督や電気自動車用充電インフラの開発などを担当する会社員から紆余曲折を経て、自動車メディアでライターやフォトグラファーとして活動することになって現在に至ります。
3年に2台のペースで中古車を買い替える中古車マニア。中古車をいかに安く手に入れ、手間をかけずに長く乗るかということばかり考えています。
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