1968年に誕生したジャガーXJ。細いピラーが繊細な印象を与えるが、それ以降もピラーの細いイメージを踏襲。
意外と意識されにくいのが、ピラーのデザインです。ピラーは単に屋根やガラスを支えるだけではなく、クルマが横転したときなどに室内空間を確保するロールオーバー・バーの役割ももっています。そしてもちろん現在ではボディ全体の剛性を保つ重要な部位でもあります。
かつて、ボディ剛性を車体全体で考えなかった頃、ピラーは流行に流されるものでもありました。ピラーの太さよりもウィンドウの広さが徹底して追求された時代もあったのです。
特に1950~60年代には世界的にピラーが細くなりはじめる傾向がありました。ルーフを支えるための技術的な進化と、いっぽうでは視界のよさが注目された時代でもあったのです。ピニンファリーナは50年代後半からピラーの細いコンセプトモデルが次々と発表していましたが、1956年にパリショーで発表したフェラーリ410スーパーアメリカ・スーパーファストクーペ・スペチアーレは、ハードトップでありながらAピラーのないモデルとして発表されています。ショーの後に買い手がつくと、フロントウィンドウの両サイドにはAピラー状の補強が施されたとのことです。そのモデルは現在でもコンクールド・エレガンスに登場することもありますが、今ではオリジナル・デザインを確認することはできません。
フェラーリ410スーパーアメリカ・スーパーファストクーペ・スペチアーレ(1956)。これは発表当時の写真でピラーが存在していません。(出展:ピニンファリーナを創る人々/三栄書房刊)
こちらもピニンファリーナによるディノ・ベルリネッタ・スペチアーレ(1965)。ディノにつながるコンセプトカーで、ミドシップを初のロードカーに仕立てたモデル。視界のよさを強調する細いピラーが特徴。。(出展:ピニンファリーナを創る人々/三栄書房刊)
それ以前の30〜40年代はオープンカーを基本としていたモデルでしたので、フロントピラーはフロントウィンドウを支えるだけの単なる桟でしかありませんでした。そして50年代までにクルマは著しく進化をしてきましたが、次第にしっかりとしたルーフ(ハードトップ)が付くようになって、ピラーは屋根を支えるものとなったのです。
アルファロメオ20-30E.S.(1930)。幌で雨風をしのいだ時代は、視界は非常によくほとんど死角というものがなかった。
ランチア・アウグスタ231(1933)。ハードトップになるといきなり閉塞感が強調されてしまう。
しかし、かつての30年代のクルマを知る者にとっては、見えにくいAピラーの存在はもどかしかったのでしょう。また、それはどんな人にとって同じことです。より視界のよいカタチを意識したモデルは50~60年代に流行することになったのです。
1957フォード・サンダーバード。当時のアメリカ車はAピラーが極端に後退していた。
1967年のサンダーバード。フロントピラーの細さが印象的。
ブルーバード1200SS(410型, 1963)。当時のモデルは室内がよく見える。
スバル1000(1965)。細いピラーは先進性もイメージさせた。
特にクーペではその細さを競うようでもありましたが、かなり先進的な印象も伴っていました。きわめて細いピラーは、パッセンジャーに圧倒的な解放感を与えています。中が見え過ぎちゃうくらいですが、それだけ死角も小さくなっています。しかしここからはピラーデザインもいろいろと変わっていくのです。(来週につづく)
(MATSUNAGA, Hironobu)