■プロローグ
ホンダが初代オデッセイ、初代CR-Vに続くクリエイティブムーバーの第3弾として初代ステップワゴンを世に送り出したのは1996年5月のことでした。
トヨタのエスティマとその小型車版・エスティマルシーダ/エミーナがエンジンを75°傾斜させたアンダーフロアMR式を用い、日産バネットセレナが前席下にエンジンを搭載したFR寄りのセミキャブスタイルを採ったのに対し、普通車のフルキャブオーバー型1BOXの経験がないホンダはフルキャブ1BOXをすっ飛ばし、いきなりセミキャブのFFで発進・・・その意味で「スキップワゴン」とでも呼びたいくらいなのですが、ネーミングはかつての「ライフステップバン」にあやかった「ステップワゴン」。フルキャブ軽1BOXのアクティを見るたび、普通車の1BOXを造るとどんな車になるんだろうと思っていたホンダが1BOX型を造るとこうなるかと思わせたのが初代ステップワゴンでした。
最近はそうともいえなくなりましたが、かつてのシビック、シティ、オデッセイ・・・ホンダには2世代続いてヒットした例がない中、そのジンクスを打ち破るように2代めステップワゴンもヒット。ホンダの場合、新しい市場を創出するほど大当たりした初代モデルを、イメージ踏襲でモデルチェンジするとその2代めは不発に終わることが多かったのですが、初代ステップワゴンのイメージを上手に引き継いだ2代めステップワゴンはジンクスに惑わされることなく、街で見かけるようになるまでそう長い時間はかかりませんでした。
3代めの頃になると、トヨタは5ナンバーサイズミニバンの主力を子エスティマからノア/ヴォクシーに移し、日産もセレナを継続・・・いずれもこの時点でステップワゴン同様のFF化を果たし、そのまま現在に至ります。そして初代、2代めほどの商品力が見られなかった3代め以降のステップワゴンが、ライバル勢の中で埋もれ気味になっていったことは否めません。
今回で第9回めとなる「リアル試乗」の主役には、新型ステップワゴンを据えました。
●清潔なデザインに好感の6代め
数えて6代めとなる現在のステップワゴンが発売されてから約1年半経ちました。
発売は昨年2022年5月26日でしたが、(2022年の)年頭トップバッターを飾る1月13日のトヨタノア/ヴォクシーの新型化を前に、ステップワゴンは発売が5か月先であるにもかかわらず、ライバルの独走許さじと2021年12月にティザーサイトを公開。チラ見せ作戦にとどまらず、翌2022年1月7日にはいよいよ目前に迫った新型ノア/ヴォクシーに待ったをかけんばかりにオンラインにて正式公開し、ユーザー予備軍の新型ノア/ヴォクシーへの一極集中(?)を阻止すべく、新型ステップワゴンの存在をアピールしていました。
眼前のノア/ヴォクシーのほか、このとき舞台袖で出番待ちにあった新型セレナの存在も視野にあったでしょう。
初代オデッセイのヒットを契機に、1990年代後半からはセダン縮小とともに、各社小から大までフル展開したことでミニバンカテゴリーが急成長。それがSUV一辺倒になっているのがいまの日本の車市場ですが、その片すみで、生き残り5ナンバーフルサイズミニバンが期せずして一挙仕切り直し、三つ巴戦を静かに演じることになった2022年でした。
さて、その新型ステップワゴン。
まず好感を抱いたのはネーミング。
オリジナルデザインのステップワゴンには今回「AIR(エアー)」なるサブネームが与えられました。引き締まったクール路線を行く「ステップワゴンスパーダ」に対し、標準ステップワゴンにも何か与えたかったのでしょう。
その外観。初代、2代目はともかく、あるときは低全高にしたり、あるときはライバルを意識しすぎて(?)逆に存在感が薄れたり・・・3代めから5代め=先代までは自らのポジションやスタイルに迷いが見られましたが、新型は吹っ切れたのか、これまでとは異なるテイストを持っています。
昨年の新型ヴォクシーのリアル試乗の中で「なんだかんだいいながらも、日本のミニバン市場は『いかつい・下品なデザイン』と評されるのがわかっていながらもこのような顔の車が売れる市場構成になっているのだ」と書きましたが、その目でティザー告知の新型の、特にステップワゴンAIRを見たとき、分が悪いなと思いました。
でも実車を前にするとひと目、なかなか清潔感のあるスタイリングではないか。やはり2次元の写真で見るのと立体で見るのとでは違う。
サイドビューなんかあちらこちらに向いた意図不明の斜めの線やプレスラインを廃したきれいな線とプレーンな面でまとめられているし、テールランプは初代・2代めの、リヤボディ両脇で上から下まで一直線で通すデザインに里帰り。補修費がかかることの良し悪しは別として現代的にLED化して帰ってきました。ランプが細身になったのと、これまたクリーンな面で包まれたバックドアパネルと相まって、リヤボディにはいくらか未来的な感覚もあります。
AIRに対し、クールさを持つスパーダはフロントバンパーにグリルを食い込ませ、フロントランプをスモーク処理。ボディ裾をメッキパーツが1周していること、バックドア上にスポイラーを設けたのと、AIRではリヤバンパー下半分の樹脂色部分に埋め込まれるリフレクターがスパーダでは里帰りランプに内包したところが違う・・・ということは、後ろはランプもバンパーもAIRとスパーダとでは異なるわけで。
リヤスタイル同様、どうせならフロントフェイスも初代・2代めに回帰すればよかったのにと思わないでもありませんが、筆者が気に入ったのはやさしいフロントフェイスのAIRのほう。春の新緑のすき間に吹くそよ風を思わせる「AIR」のネーミングは、外観にもマッチしています。
色はAIRとスパーダ、それぞれに5色用意され、フィヨルドミスト・パールとシーグラスブルー・パールの2色がAIR専用、トワイライトミストブラック・パール、ミッドナイトブルービーム・メタリックの2色がスパーダ専用、プラチナホワイト・パール、スーパープラチナグレー・メタリック、クリスタルブラック・パールの3色が両シリーズ共通で用意されます。
趣味嗜好で選ぶスパーダはともかく、AIRのデザインは総じて明るいカラーがよく似合い、暗い色はAIRのスタイル魅力を半減するのと、6代めはAIR=標準車とスパーダのデザイン差異が些少なため、AIRでもダークカラーを選ぼうものならスパーダに見えてしまいます。
ノア/ヴォクシーにセレナ、そしてステップワゴン・・・もし筆者が外観スタイルだけで選ぶならステップワゴンAIRなのですが、心配なのは、ヴォクシーではないノア、ハイウェイスターではないほうのセレナ。ノーマルモデルでさえコワモテになり、そのコワモテが多く売れるのが現状のミニバン市場にあって、やりすぎでもやらなさすぎでもない、すっきりしたやさしいステップワゴンのスタイリングを、いまの日本のミニバン市場が理解してくれるかどうか・・・
と、ステップワゴンAIRが気に入ったとさんざん書いた割に、このリアル試乗で採りあげるのはステップワゴンスパーダ。前に採りあげたヴォクシーと条件を揃えるため、このステップワゴンでも前2輪駆動のガソリン車を選びました。
●大きく分けて2シリーズ展開
さきにフルサイズ5ナンバーミニバンと書きましたが、昨年の新型ノア/ヴォクシー同様、ステップワゴンもついぞ3ナンバー化。
旧型初期との比較で、全機種1695mmだった車幅は、新型では1750mmに拡げられました。旧ステップワゴンではお行儀よく5ナンバー枠内だった4690mm、旧スパーダで4735mmだった全長は、新型では車幅に便乗してこちらも小型車枠を超え、AIRは4800mmに、スパーダは4830mmにまで延長。高さがFFで1840mm、4WDで1855mmなのは新旧同じ。
筆者は特に重症なのですが、3ナンバーサイズ拒否症候群患者にこの拡幅55mmがどう映るか?
今回、走った限りでは55mmの拡幅がアダになるようなシーンはありませんでしたが、これはあくまでも筆者の場合で、車庫サイズや使用環境の都合から3ナンバー枠移行が困るひともいるはずです。側突対応があるのでしょうが、ならば軽自動車はどうなのか? 気が早いですが、筆者が心配しているのは、ノア/ヴォクシーのときにも書きましたが、この3ナンバー化を機に、ステップワゴンが今後モデルチェンジを重ねていくにおよび、なんだかんだと理由をつけて10~20mm刻みで拡幅していくのではないかということです。
筆者の持論ですが、自動車は5~6年に1回モデルチェンジしても、車庫や街の駐車場、道路は5~6年に1回モデルチェンジしない・・・予想に反して新型セレナが5ナンバー枠を維持してきただけに、なおのこと、このサイズについては「ノア/ヴォクシーに続いてステップワゴンよ、お前もか」の思いがします。
パワートレーンの品揃えは旧型と同じで、ガソリン車とハイブリッド版e:HEVのふたつ。
シリーズは「ステップワゴンAIR」と「ステップワゴンスパーダ」の2展開となっており、それぞれにガソリン車、e:HEV車が用意され、ガソリン車には4WD版もあります。
従来、ノーマルのステップワゴンとクール顔スパーダそれぞれに複数機種が揃えられていましたが、新型では整理され、シリーズ名がそのまま機種名になっています。すなわち下から「ステップワゴンAIR」「ステップワゴンスパーダ」、そしてスパーダの豪華版「ステップワゴンスパーダ PREMIUM LINE」という具合。
実にすっきりしているのがたいへんけっこうな半面、疑問な点もあります。
「AIR」をせっかく加えた「ステップワゴンAIR」なのに、これが結果的に廉価機種扱いとなってしまっている・・・全体的に装備差は少ない新型ステップワゴンですが、安全デバイスにしろ快適装備類にしろ、「AIR」「スパーダ」「スパーダPREMIUM LINE」の順に加わっていくのはいかがなものか。
たとえばホンダの安全デバイス「Honda SENSING」の基本機能に機種ごとの差異はありませんが、ブラインドスポットインフォメーションは「スパーダ」以上に備わり、アダプティブドライビングビームは「PREMIUM LINE」のみにつきます。本来どの車にもあってしかるべきコーナーリングランプだって「スパーダ」以上に限られ、「AIR」は省かれている。
このへん内装も同様で、前2席のシートヒーターや2列めシートのオットマンだって「スパーダ」以上だけ。内外装のやさしい・クールの相違は趣味嗜好なのに、その相違が安全&便利&快適装備の有無にまでおよんでいるのはちょっと違うんじゃないのというわけ。冬場、オットマンでくつろぐ2列目乗員を背に、自分は温かいシートに身を委ね、夜の交差点を安心して通り抜けたい「AIR」のユーザーだっているだろうに。
見かけ上のエントリー価格をできるだけ抑えたいねらいもあるのでしょうが、いまの「AIR」はそのままに、「スパーダPREMIUM LINE」ほどでないにしても、せめて「スパーダ」並みの装備を与えた機種を、「AIR」の上にひとつ加えたほうがいいのではないか。「AIR LINE」だと航空会社みたいになるので「AIR II」でもあれば。
廉価版とはいいましたが「AIR」とて305万3600円と安くはなく、それだけに現状でも日常用途下で困ることはないはずで、コーナーリングランプはないものの、空調は左右独立温度調整付き全自動タイプ&後席マニュアルクーラー(他2機種は後席もフルオートになるトリプルゾーンフルオートエアコン)となり、シートが布張りになる程度の違い。筆者がAIRを気に入っている別の理由は、シートが布張りであることで、乗車直後、夏は熱く、冬は冷たい・・・気温の影響をもろに受ける本革or合皮は好みません。
エンジン排気量や装備構成が異なるため、単純比較はできませんが、車両本体価格は、価格が裾野に広がるノアよりも、機種数が基本的に2種しかないヴォクシーをターゲットにした印象で、きっかり309万円となるヴォクシー最廉価「S-G」に対し、いちばん安いガソリン版「ステップワゴンAIR」は305万3600円、「スパーダ」が331万2100円ならヴォクシーS-Zは339万円・・・4WDやハイブリッドを含めると話は変わってくるのですが、ことガソリンFF車に限っては、あちらガソリン2L、こちら同じく1.5Lターボであるにしても、ステップワゴンのほうが安価な値付けになっています。
となると、さきに廉価版と書いた「AIR」の頭・・・じゃなくて屋根をナデナデしたくなるのは、「AIR」でもパワースライドドアが左右両側にあることで、「AIR」より車両価格が高いヴォクシーS-Gでは左側のみ。両側=すなわち右側もパワースライドドアにしようとするとあちらは税込み6万超の工場オプションとなります。
「スパーダPREMIUM LINE」は該当機種のないヴォクシーを意識する必要がなかったのか、お値段もプレミアムにして352万8800円。3機種中、唯一マルチカメラビューシステムが標準で与えられること(他の2機種は工場オプション)、ライト配光が無段階のアダプティブ式になること、2列め席にまでシートヒーターがつくこと、逆に他の2機種では工場オプションで選べる2列めベンチシートが用意されないことくらいで、違いがこれだけの割に21万円の価格差はちと大きいような気がします。
現時点、ステップワゴン試乗最終回で掲載予定のステップワゴンの販売動向は得ていませんが、たぶんいちばん多く売れているのはe:HEV 版スパーダでしょう。
●内装
エクステリアが新世代になったのとは裏腹に、内装・・・というよりもインストルメントパネル(以下インパネ)の造形はオーソドックスになりました。
ハンドル左にシフトレバー、その左に空調コントロール、その上に吹出口をはさんでHonda CONNECT画面。助手席前にはトレイがある・・・何だかいまの軽自動車のインパネをそのまま拡大しただけの造形で、見てくれも操作感もまことに持って平凡。外観では迷いが見られたのとは対照的に、計器盤は視覚的な広がりがあり、メーターの見せ方にも工夫とエンターテイメント性があった3~5代めとは逆の関係になりました。
操作感は平凡と書きましたが、その代わり不満点もなく、インパネシフトは設置面の傾斜がゆるやかで、レバー移動は前後移動を維持していて操作しやすい部類。フロア式のレバーとゲートをそのまま垂直に移しただけのものとは段違いです。もっともそれが左の空調パネルに影響していて、シフトパネルと地続きにある操作面が上を向いていて光を受けるため、視認性に欠けるのと、ドライバー右にあるエンジンスタートボタンがハンドル右スポークやターンシグナルレバーに常に隠れ、昼間でも手探り操作になりがちだったのはマイナス。
平凡だのオーソドックスだのマイナスだのといいたいことをいっていますが、そうはいってもあたり前のところにあたり前のものがあり、全体的に取扱説明書を見なくても操作できる点でなじみやすい車です。瞬間的に「ムカッ!」と神経を逆撫でするような部分はなく、納車当日から気負うことなく乗ることができるでしょう。
視認性といえば、3代めから5代めまで、カラー液晶のデジタル表示、自発光アナログ表示と交互に続いてきたメーター表示が全面液晶式に変わりました。いわく「10.2インチデジタルグラフィックメーター」。このメーターについてはハジさらしも含めて別の機会にあらためて。
もの入れはさきの操作感の話と同じくあたり前のものがあたり前の場所にあるといった配置・数が備えられていますが、これも詳しくはユーティリティ編で述べるつもり。
実はこの「あたり前」が感じられる点がほかにもいくつかあり、この新型ステップワゴンはミニバンのカローラではないかという印象を受けました(「カローラスパシオ」という意味でもない)。引き合いにシビックではなく、カローラを出したのはホンダに怒られるかもしれませんが、内外ともヘンにギラギラしているわけではないし、かといって存在感がないのとも違う。「すごい!」と目を見張るものがあるわけじゃないが、2023年の商品としてひととおりのものは揃っているし、見ても乗っても触っても、買って後悔する部分はひとつもない。ノア/ヴォクシーなんかよりはるかにカローラなのがこのステップワゴンという感想を持ったわけ。
こういった「普通」で「あたり前」の車を造るのは、「すごい」車を造るよりもずっと難しくて大変なんだぜ!
走りについては次回。
ステップワゴンリアル試乗第2回でお逢いします。
(文:山口尚志 写真:山口尚志/本田技研工業/トヨタ自動車/日産自動車/モーターファン・アーカイブ)
【試乗車主要諸元】
■ホンダステップワゴン スパーダ〔5BA-RP6型・2022(令和4)年5月型・FF・CVT(自動無段変速機)・ミッドナイトブルービーム・メタリック〕
●全長×全幅×全高:4830×1750×1840mm ●ホイールベース:2890mm ●トレッド 前/後:1485/1500mm ●最低地上高:145mm ●車両重量:1740kg ●乗車定員:7名 ●最小回転半径:5.4m ●タイヤサイズ:205/60R16 ●エンジン:L15C型(水冷直列4気筒DOHC16バルブ直噴ターボ) ●総排気量:1496cc ●圧縮比:10.3 ●最高出力:150ps/5500rpm ●最大トルク:20.7kgm/1600~5000rpm ●燃料供給装置:電子制御燃料噴射(PGM-FI) ●燃料タンク容量:52L(無鉛レギュラー) ●モーター:- ●最高出力:- ●最大トルク:- ●動力用電池(個数/容量):- ●WLTC燃料消費率(総合/市街地モード/郊外モード/高速道路モード):13.7/10.4/14.3/15.3km/L ●JC08燃料消費率:15.4km/L ●サスペンション 前/後:マクファーソン式/車軸式 ●ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク ●車両本体価格:325万7100円(消費税込み・除くメーカーオプション)