スピード違反は上申書を出せばチャラになるってホント?→ネットのデマを信じたら逮捕された!【取り締まりQ&A】

■可搬式オービスで取り締まられたが出頭せずに上申書を送っていたら逮捕

●新型オービスはスウェーデン製の高性能トラッキング・レーダー式

何重にも興味深いニュースが! 以下は8月21日付けの産経新聞だ。まずは全文を引用しよう。「容疑者」の氏名は私のほうで伏せる。

ネットのデマ信じ出頭拒む 移動式速度取り締まり装置、初の逮捕

埼玉県警は21日、道交法違反(速度超過)の疑いで同県上尾市平塚の会社員、■■■■容疑者(34)を逮捕した。県警によると、移動式自動速度違反取り締まり装置を使って逮捕につながった全国初のケース。■■容疑者は「上申書を出せば違反逃れができる」というインターネット上の虚偽情報を信じ、出頭要請を拒んでいた。
逮捕容疑は4月5日未明、同県蓮田市の制限速度40キロの県道で、時速78キロを出して乗用車を運転したとしている。「トイレに行きたかった」と容疑を認めている。
県警は4月下旬以降、任意の取り調べのために複数回出頭を求めたが、■■容疑者は「車を第三者に貸しており名前は明かせない。警察の要請には応じない」との上申書を送り、拒否していた。こうした文書を警察に送れば違反逃れができるとの情報がネット上に出回っており、県警交通指導課は「デマなのでまねをしないで」と呼び掛けている。
(産経新聞 https://www.sankei.com/affairs/news/190821/afr1908210023-n1.html

興味深い点その1は、記事に掲載されている自動速度違反取り締まり装置、いわゆるオービスの画像だ。
これ、スウェーデンを本社とするSensys Gatso Group(以下、センシス)の可搬式オービス、MSSS(Mobile Speed Safety System)である。測定方法はトラッキング・レーダー式。おそろしく高性能で「従来の国産オービスはガラパゴスですか!」と言いたくなる。その詳細はまたの機会に。

警察庁の内部文書よりMSSSの紹介
MSSSの写真(警察庁の内部文書より)。
警察庁の内部文書よりMSSSの仕様
同じく警察庁の内部文書に掲載されていたMSSSの仕様。

それでだ、警察庁は「通学路等の安全を守るため」と称して新型オービスの導入を進めている。新型オービスはセンシスと、国産オービスの老舗である東京航空計器(以下、TKK)が競合する形をとっている。
しかしさまざまな内部文書を見ると、警察庁はあからさまにTKK推しのようだ。メディア報道に華々しく出てくるのは基本、TKKの装置ばかりだ。
ところが今回の産経記事にはセンシスの可搬式の画像がばっちり載っている。いわばお手柄をあげた装置として。おお~! 警察庁は不愉快かもねえ、と私は興味深いわけ。マニアックでしょ(笑)。

2番目は、その可搬式オービスが記事では「移動式」とされていることだ。
警察のどの文書にも「移動式」の3文字はない。あるのは可搬式か固定式か、または「新しい(オービス)」「新たな(オービス)」という表現だ。機能面でも運用面でもまったく新しいし、すでに「移動オービス」(ワンボックス車にオービスを積んだもの)がある。ゆえに私は「新型」と呼ぶのがふさわしいと考えている。

「可搬式」ち書いてある警察の内部文書
内部文書によると「可搬式速度違反自動取締装置」と書いてあるのが分かる。
可搬式速度違反自動取締装置
こちらも同様に「可搬式」と説明されている新型オービス。どこにも「移動式」とは書かれていない。

だがネットでは「移動式」がもう完全に定着している。特段の根拠はないようで、固定されて動かない固定式まで「移動式」と呼ばれている。

他の媒体はどうか。少し調べてみた。
NHKのニュース(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190822/k10012044171000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_085)では「移動型」、TBSのニュース(https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3758274.html)では「可動式」とされている。
同じ装置の呼び方がバラバラとは珍しい。正しく「可搬式」とすればいいのに、なぜあれこれ工夫するのか。視聴者・読者は「可搬」という語を理解できないだろうという配慮から? でも毎日新聞(https://mainichi.jp/articles/20190821/k00/00m/040/254000c)は「可搬式」としている。
こういうところ、非常に面白いと私は感じてしまう。マニアなので(笑)。

●「通知を無視していればチャラ」なんてデマにはご注意を

そして最後は、ネットのデマを信じて逮捕という点だ。
あんなデマを信じる者がいるのか! というより、あんなデマがまだネットで『活躍』しているとは!
そこんとこ、解説しよう。

いわゆるオービスは、現場では測定と撮影を行うのみ。写真に写ったナンバーから違反車両の持ち主を特定し、郵便で呼び出しの通知をする。違反者を警察へ出頭させ、写真を確認させて取り締まる。これに対し、
「車を第三者に貸しており名前は明かせない。警察の要請には応じない」
とか宣言する文書を送って突っぱねてしまえば警察は手も足も出ない。速度違反はチャラになる。そんなデマが昔からある。

だが、警察にとって面倒なのは、呼び出しの通知に対し反応がなく、車検証の住所に持ち主(たぶん違反者)が住んでいるのか分からないようなケースだ。
本件のような宣言の文書を送ることは「呼び出しの通知はしっかり届いてます。読みました」とわざわざ知らせることを意味する。
もし本当に車を他人に貸しており、その者が違反したのに隠すなら「犯人隠避」で捜査することになる。
犯人隠避とは、隠れ家を提供する以外の方法で犯人を検挙から逃れさせること。刑法第103条により「3年以下の懲役又は30万円以下の罰金」に処される。速度違反は「6月以下の懲役又は10万円以下の罰金」だから、犯人隠避のほうが何倍も重い犯罪なのだ。
警察官は普通はこう考えるだろう。
「なんだこの生意気な宣言の文書は。警察をナメてやがる。ははぁ、昔からのデマがまだ流れているのだな。よし、この野郎をがつんと逮捕して実名で全国報道させ、デマに惑わされそうな連中をびびらせよう。警察威信の発揚に資することにもなる」

バカなデマがなぜ流れるのか。
呼び出しの通知が来ても無視し、そのまま時効の3年を経過してしまうこともたまにある。
無視したってオービスの写真には違反者の顔がばっちり写っているのだから、とりあえず運転免許台帳の写真と照合するなどし、逮捕するのはそう難しくない。
しかし、多数の呼び出し通知を送って素直に出頭してくる違反者を相手にするだけで精一杯。無視する者を追跡捜査するのは面倒。それで先送りになり、ずるずると月日が過ぎ、ということはあるだろう。
担当の警察官が心を病んだか、書類を机の引き出しに眠らせてしまうこともあるらしい。
そうしたケースも、まれにとはいえ実際あることに加え、違反者たちは「こうすれば違反がチャラになる」という安易な情報を求めている。
そこで、ネットのPV(ページビュー)を稼ぎたい者が調子のいいデマ情報を、「絶対うまくいくとは保証できません。自己責任でどうぞ」とかちらっと言い添えてまき散らし、無知な違反者が飛びつく、そんなふうな構図かなと推測する。

いま警察は新型オービスで、いわば『速度取り締まりの新時代』を開こうとしている。
「でもオービスなんて宣言の文書を送りつければチャラだ」
「呼び出しの通知を無視していれば警察は忘れるさ」
なんて情報がまき散らされては困る。従来以上に『チャラ狙い』は困難だろうと私は読む。ネットの情報、とくに匿名情報にはくれぐれもご注意ください。

(今井亮一)