池沢早人師に訊くスーパーカーブームのウラ側「プロローグ:最初はクルマ好きじゃなかった」

スーパーカーブームの生みの親、池沢早人師先生

池沢さとし(現:池沢早人師)先生と聞けば、カーフリークにとって「神」ともいえる存在であり、1970年代に巻き起こった“スーパーカーブーム”の火付け役である『サーキットの狼』の作者として名を馳せる。昭和、平成を経て令和という新たな時代を迎えた今こそ、GENROQ Webでは改めて池沢先生にご登場いただき、スーパーカーブームを振り返ってみたい。

愛車遍歴と知られざる『サーキットの狼』誕生秘話

『サーキットの狼』がボクのデビュー作品だと思っている人も多いようだけど、実は漫画家としてデビューしたのは1969年から少年ジャンプに連載された『あらし! 三匹』というギャグ漫画なんだよね。当時は18歳だった。その後、数本の連載を経て1975年から『サーキットの狼』をスタートしたんだね。

本当は最初からクルマに興味があったわけじゃないんだ。漫画家として働いてギャラが入るようになり余裕ができると、当時は若いからモテるためのアイテムとしてクルマが欲しくなるじゃない。その時に欲しかったのが初代の日産フェアレディZ(30型)なんだけど、理由はカッコいいから。性能とか何にも考えていなかった。でも当時の担当編集者が「スポーツカーは危ないので!」と無理やりディーラーに連れて行かれてトヨタ・コロナ1700SLを買わされちゃった(笑)。

コロナが好きな人には申し訳ないけど、面白いクルマではなかったね。結局すぐにフェアレディZに乗り換えた。しかし2年後にはトヨタ2000GTのスタイルに一目惚れして買い替えることに。このクルマは良かったねぇ。グリーンのボディの後期型でクーラーも装備されていたレアモデル。当時は小さなアパートを借りていて、駐車場はアパートの前の畑の中。そんな場所に2000GTを置いていたら大家さんが「クルマが心配だからウチの庭に置きなさい」って自宅の敷地内に駐車させてくれることになった(笑)。

トヨタ2000GTの後は、衝撃的なスタイルに憧れてロータス・ヨーロッパ・スペシャルを購入。その当時は平日に漫画を描いて土曜日は銀座に集まってナンパ(笑)。日曜日はナンパした女性を誘って箱根を走り回る生活を繰り返していたんだけど、自然と周りにスーパーカーが集まりだして、どんどん仲間が増えていった。そんな時、真っ赤なボディにホワイトのラインが入ったロータス・ヨーロッパに出会って、カラーを逆にしてホワイトのボディに赤いラインを入れた「風吹裕矢」が主人公になる『サーキットの狼』を思いついたんだ。

『サーキットの狼』は実体験から生まれた

ギャグ漫画を描いている頃は、時代の流れとギャグを組み合わせるのに苦労したけど、『サーキットの狼』は半分以上が実話だから描くのには苦労しなかった。日本に数台しか存在しないスーパーカーが何十台も集まって毎週のように走り回っていたんだからね。わざわざ資料を集めなくても実車が揃っているわけだし、遊んでいる時に体験するトラブルや逸話はストーリーに活かされる。ポルシェ911カレラRSのファンベルトが切れて、実際にオーナーがスペアパーツで修理している状況もしっかりとネタにさせてもらったし。

ボクは元々仕事が早い方なんだけど、描ききれないほどネタが集まるんだから仕事がより早くなる。当時、「締め切りが遅れてホテルに缶詰めになる漫画家」っていうシチュエーションに憧れて、遅れてもいないのに缶詰め体験を編集部にお願いしたら、仕事が早すぎて台割(編注:雑誌のページ数や掲載場所の設計図)を作る前に3号分くらいの原稿が出来上がってしまい、担当編集者から「先生、もう充分ですから」とホテルを追い出されたこともあったね(笑)。

スーパーカーブームが盛り上がった頃は、当時の後楽園球場で開催されていたスーパーカーショーにも出演した。ランボルギーニ・カウンタックに乗って球場内をゆっくり走るんだけど「ヘッドライトを上げて〜!」と言われてリトラクタブルライトを上げると、今度は「ヘッドライトを下げて!」と言われる。上げたり下げたりしながら走ったことを今でも思い出すよ(笑)。

当時のクルマ仲間とは今でも交流があって、特に“潮来のオックス”のモデルになった関根さんとは半世紀近くも遊んでもらっているからね。毎年、海の日に潮来の道の駅で『サーキットの狼』に登場した時代のスーパーカーや現在のスーパーカーを展示するイベントが開催されているけど、これも関根さんが所有する車両。今年も7月14日に開催予定で、ボクもトークショーやサイン会をするから、興味のある人は是非見に来てほしいね。

エネルギッシュに現在も活躍する池沢先生

GENROQ Web編集部:当時を振り返り、誌面では書けないような内緒話も語ってくれた池沢先生。そのバイタリティあふれる姿は時代を超越した存在であり、今もなお精力的な執筆活動を送っている。次回は、池沢先生が愛した歴代のスーパーカーたちについて深掘りしたい。(続く)

TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)
PHOTO/市 健治(Kenji ICHI)

(GENROQ Web編集部)

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