軽自動車の成功からインド市場へ。アルトベースのマルチ800が大ヒット!【スズキ100年史・第23回・第5章 その5】

1978(昭和53)年に就任した鈴木修社長の数ある功績のひとつは、海外市場の開拓です。

海外進出に意欲を燃やしていた鈴木修社長はインドの将来性に着目し、1983(昭和58)年にインド政府との合弁会社「マルチ・ウドヨグ社」を設立。同年12月には、当時日本で大ヒットしていた「アルト」をベースに排気量を800ccに拡大した「マルチ800」を発売しました。

「マルチ800」は大ヒットし、鈴木自動車はインド市場で大きな第一歩を踏み出し、その後乗用車シェアの40%~50%超を獲得するまでに急成長したのでした。

第5章 軽自動車・第2黄金期(1980-2000年)と鈴木自動車

その5.圧倒的なシェアを誇るインド事業

●インドの国民車構想

鈴木修(現会長)
鈴木修(現会長)

インドの自動車産業の歴史は古く、1930年代にはGMやフォードが進出して、年間10万台程度のクルマを生産していました。1950(昭和25)年、現地の財閥企業2社が自動車事業に参入したことを機に政府は国内生産保護政策を取り、政府の製造認可(産業ライセンス)制度を導入しました。

外資系メーカーに厳しい政策を取りつつ自動車の部品国産化を推進したため、1954(昭和29)年には政策に対応できないと判断したGMとフォードが、インド市場から撤退。また、自動車の輸入も禁止されたので、財閥系2社による独占が1980年代まで続きました。

この期間にインドの自動車産業は完全に停滞し、年間販売台数は4万台程度まで落ち込みました。

この状況を打破するため、インド政府は「国民車構想」を打ち出し、それを実現するために海外パートナーを募集していました。1980年代に入るとインド政府は世界中を回って、ルノーなど欧州メーカーや日本メーカーとの交渉を始めたのでした。

●鈴木自動車とマルチ・ウドヨグ社の提携

1982年10月2日_インド・マルチ社と正式調印
1982年10月2日_インド・マルチ社と正式調印

インド政府内で発足された調査団一行は、1982(昭和57)年3月に来日して鈴木修社長と面談を行いました。当時の鈴木自動車は海外進出に積極的に取り組むことを決め、他社が進出していない国で勝負するという方針を持っていました。どんな市場でもよいから1番になりたいと常々考えていた鈴木修社長は、インド市場の将来性に着目してどのメーカーよりも熱心に交渉しました。

一方、インド政府は鈴木自動車の熱意と「アルト」の性能を高く評価しました。

調査団が帰国してわずか1ヶ月後には基本合意を交わし、翌年1983(昭和58)年に鈴木自動車は資本参加する形でインド政府との合弁会社「マルチ・ウドヨグ」を設立。このときの鈴木自動車の出資比率は26%でした。

●「マルチ800」の大進撃

1983 マルチ800
1983 マルチ800

マルチ・ウドヨグ社が1983(昭和58)年12月に発売した最初のクルマは、当時日本で爆発的に売れていた「アルト」を改良した「マルチ800」でした。「アルト」と同じ3気筒エンジンの排気量を657ccから796cに拡大。FF駆動の4速/5速MTで、コストダウンのため、左側のミラーがない廉価モデルもありました。

低燃費で低価格の「マルチ800」と、それまでインド市場で長く販売していた財閥系の旧型クルマとの性能差は明らかで、すぐさまインド市場を席巻し、インド自動車産業に大旋風を巻き起こしました。

その後、最初のセダン「Maruti1000」も発売してシェアを順調に伸ばし、1998(平成10)年には乗用車シェアの80%を上回るまで急成長したのでした。

2000(平成12)年を迎える頃には、他社の参入による高級車戦略によってシェアを奪われましたが、それでも現在まで40~50%超の圧倒的なシェアを誇っています。

2002(平成14)年5月には、スズキが出資比率を54%に引き上げて子会社化し、2006(平成18)年にはインド政府が全保有株式を売却することで完全民営化。2007(平成19)年7月に社名を現在の「マルチ・スズキ」へ改めました。

インド市場はスズキを支える重要な事業拠点であり、築き上げた基盤をさらに揺るぎないものにするため、2018(平成30)年にはトヨタとインド市場の相互OEM供給について基本合意しました。

(文:Mr.ソラン 写真:スズキ)

第24回に続く。


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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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