前代未聞の逆転劇!なぜ鈴鹿8時間耐久レースの優勝チームはヤマハではなくカワサキだったのか?

■カワサキ転倒、直後に赤旗。鈴鹿8耐を制したのは結局、誰?

真夏の風物詩、鈴鹿8時間耐久ロードレースの決勝が、7月28日(日)に開催されました。今年はカワサキがワークスチーム(Kawasaki Racing Team Suzuka 8h)を復活させ、ヤマハ(YAMAHA FACTORY RACING)とホンダ(Red Bull Honda)を合わせての3大ワークス大決戦が実現し、レース前から大きな注目を集めた大会でした。果たして、実際のレースもワークスチーム同士が鎬を削る、近年稀に見る好勝負が展開されたのです。

3大ワークスの激突

YAMAHA FACTORY RACINGはエースに中須賀克行選手を据え、前人未到の8耐五連覇を目指しました。また、TECH21カラーが復活したのも話題となりました。
ヤマハワークスチームの走り

中須賀選手

かつて8耐で絶対的な強さを誇ったホンダですが、最近はヤマハにいいようにしてやられています。ワークス復活2年目のホンダ、今年こそは!とRed Bull Hondaの高橋巧選手に期待がかかりました。
ホンダワークスチームの走り

高橋選手

そんなワークス勢の中でも特に際立つ走りを見せていたのが、Kawasaki Racing Team Suzuka 8hのジョナサン・レイ選手でした。スーパーバイク世界選手権で四連覇中という肩書きは伊達ではありません。初めて8耐をナマで観たというレース観戦ビギナーに聞いても「レイの走りは他の人と全然違う!」と言わしめるほどの、世界トップ級のライディングを惜しみなく披露してくれました。

ジョナサン・レイ選手の走り

ジョナサン・レイ選手

間もなく8時間経過…というレース終盤もレイ選手は首位を快走。そして、ついにカワサキ26年ぶりの8耐優勝が目前となった最終ラップに、まさかの出来事が! エンジンブローしたマシンがまき散らしたオイルに乗って、レイ選手はS字コーナーで転倒してしまったのです! 頭(ヘルメット)を抱えて悔しがるレイ選手。その直後に赤旗が掲示され、レースは終了となりました…。

●ヤマハの優勝にカワサキが抗議。そしてカワサキ優勝に変更

さぁ、ここからが怒涛の展開です。暫定結果ではレイ選手の後ろを走っていたYAMAHA FACTORY RACINGが優勝。表彰式も行われ、ヤマハが見事に五連覇を成し遂げた…かと思われました。しかし、この暫定結果に対してKawasaki Racing Team Suzuka 8hが抗議を提出。それが認められ、今度はKawasaki Racing Team Suzuka 8hが優勝、YAMAHA FACTORY RACINGが2位という新しい暫定結果が発表されたのです。

この改訂に対して、今度はYAMAHA FACTORY RACINGがレース審査委員会へ説明を求めました。「2メーカーによる抗議合戦が続くのか」と心配になりましたが、結局ヤマハは経緯説明を受けた結果、裁定を受け入れることを表明したのです。

Kawasaki Racing Team Suzuka 8hの面々は、ホテルに帰って晩飯でも食うか…と失意に沈んでいたところ、逆転での優勝の報が伝えられ、急いでコースに戻って優勝会見に臨んだのでした。

すでに表彰式は終わってしまっていたため、表彰台には立てませんでしたが、事前に用意していた優勝Tシャツを着て記念撮影です。
カワサキワークスチームの記念撮影

カワサキワークスチームの優勝記念Tシャツ

暫定だったとはいえ、表彰式の後に優勝チームが覆るというのは、長い8耐の歴史の中でも前代未聞の出来事です。なぜ、このようなドタバタ劇が繰り広げられることになったのでしょうか。その理由は、レギュレーションの解釈にありました。鈴鹿サーキットからのリリースにその流れの説明がありましたので、ご紹介します。

●2019 『コカ·コーラ』 鈴鹿8耐 決勝レース順位結果変更に関する過程

・19:28
#10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hがターン5で転倒。

・19:28
FIM Race Directorが赤旗の提示を決定。この時点での赤旗提示により『レースが終了した』と判断。

・19:40頃
暫定結果として、計時モニターにて総合順位を発表。(以下1位~3位までを抜粋)
1st #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
2nd #33 Red Bull Honda
3rd #1 F.C.C. TSR Honda France
なおFIM Endurance World Championship and Cup Regulations 1.22.5に基づき、『レースが終了』して以降、5分以内にフィニッシュラインを通過しなければならないという規則が存在するため、転倒後フィニッシュラインを通過できなかった#10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hは順位認定から除外。

・19:50頃
この時点での暫定結果に基づき、暫定表彰式を実施。

・20:10
決勝レースの暫定結果表を発行。(以下1位~3位までを抜粋)
1st #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
2nd #33 Red Bull Honda
3rd #1 F.C.C. TSR Honda France

・20:35
#10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hからの暫定結果に対する抗議を受理。

・21:35
抗議を受け、FIM Race Directionにおいて赤旗の運用規則を再度厳密に精査し、FIM Endurance World Championship and Cup Regulations 1.23.1に定められた赤旗中断時の規則を適用し、『赤旗提示の1周前(216周)の順位を結果として採用する』という規則に則り、暫定結果を変更。(以下1位~4位までを抜粋)
1st #10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8H
2nd #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
3rd #33 Red Bull Honda
4th #1 F.C.C. TSR Honda France

・7月29日(月)16:17
レース後の車検終了を受け、正式結果が発表。

鈴鹿8耐の正式結果

●二つの規則の解釈が混乱の原因だった

赤旗でレースが終了した際は「赤旗提示の1周前の順位を結果として採用する」という規則をご存知の方は多いでしょう。しかしながら、「レース終了後5分以内にフィニッシュラインを通過しなければならない」という規則は、あまり知られていません。恥ずかしながら、筆者も知りませんでした。

他のレースではどうなのだろう、と思ってMFJが定めた「ロードレース競技規則」を見てみたら、23-1-1に『赤旗提示後5分以内にマシンに乗ったまま、もしくはマシンを押してピットレーンに戻ってこられないものは除外される。(ショートカットして戻ることは認められない。)』とありました。多少文言は違いますが、8耐に適用されたEWCのレギュレーションと同じようなことを定めています。どうやら、多くのレースで同様の規則があるようです。

しかし、「赤旗提示の1周前の順位を結果として採用する」という規則と「レース終了後5分以内にフィニッシュラインを通過しなければならない」という規則のどちらが優先されるか、というのは厳密に決められていないようです。それが大混乱の原因でした。

今回の8耐は、このレギュレーションの解釈のほか、レース終盤でエンジンブローした車両のオイルがコース上に撒かれたにも関わらず、そのままレースを続行したことに対しても、疑問の声が投げかけれらました。ちなみに鈴鹿8時間耐久レースは世界耐久選手権の一戦なので、レースの主催・運営はFIMが行なっています。

レースを運営する側も、非常に難しい判断を瞬時に行わなければならないため、相当なプレッシャーがあるはずです。しかしながら、8時間の激闘の締めくくりは爽やかであってほしいもの。改善するべきところは改善して、来年以降も、伝統ある大会にふさわしいレースが行われることを期待しましょう!

(長野達郎)