スタッドレスタイヤはなぜ氷雪路を走れるのか? 雪氷路面用タイヤを知る・走らせる。ー基礎知識編ー

●フォルクスワーゲン雪上試乗会での日本ミシュランスタッフによる解説

先日、フォルクスワーゲン・ジャパン主催の雪上試乗会に出席したのだが、その試乗車両にスタッドレスタイヤを提供していた日本ミシュランのスタッフが、雪氷路面におけるタイヤの設計要素それぞれの機能について、とても分かりやすい解説をしてくれた。改めて振り返れば、タイヤの体感評価とエンジニアリングの結びつけに関わって40年ほども過ごしてきた私にとっても「なるほど、そうだったな」という内容で、ということは、スタッドレスタイヤを選び、走らせようとしている読者の皆さんにとっても、良い基礎知識になりそう。この試乗会に同道した若手ドライバー(現役F3ドライバーの片山義章君)も「こういう話を聞いたのは初めて」と言っていた。

斑尾高原の雪面上に勢ぞろいしたフォルクスワーゲン・ラインアップ
今回の雪上試乗会、現役F3ドライバーの片山義章君が同行、雪路走行に挑戦。

そのプレゼンテーションの資料を提供していただいたので、それに沿って雪氷を「グリップする」ためのタイヤ・エンジニアリングを紹介してゆこう。

スタッドレスタイヤに求められる設計要件(夏タイヤとの比較)

雪柱剪断効果

言うまでもなく「雪や氷」を走るとなると、そこで出会う路面状況はじつに様々。その中でまずイメージしやすいのは、降り積もった雪が路面を覆っている状況だろう。ここでも新雪状態から、除雪したところを次々に通ったクルマのタイヤで踏みしめられた「圧雪」までその幅は広いのだけれど、タイヤのトレッドに踏まれた雪がまだ押し固められる余地を残している状況では、トレッドのブロックがまず雪を押し縮め、ブロックの角(溝部分)が引っかかるようにして、力を生み出す。これを「雪柱剪断効果」と呼ぶ。回転、つまり駆動・制動方向だけでなく、横すべり方向にも、このブロックと溝の段差で雪を踏み締めて、雪面に食い込む効果が現れる。

雪柱剪断効果

ということは、それぞれのタイヤのトレッド・パターンにおいて、回転方向に対して直角に切られた溝とブロックが組み合わされている部分は駆動・制動方向に、周方向に通る溝とブロックは横方向に、斜めに切られた溝とブロックは縦・横を組み合わせた方向に、と、それぞれの力発生効果を狙ってデザインされているのだな、と考えつつ観察するといろいろなことが見えてくる。
付け加えるなら、トレッド中央部の周方向のブロックやリブ(切れ目のない「うね」)のサイズや配列は、回転しながら直進方向にタイヤを導くことに直接影響する。冬用タイヤの場合は、舗装路から雪氷に覆われた路面まで様々な路面を走る中で、中立まわりの小さなステアリングの動き、修正に対してタイヤがどう応えるか、できるだけ素直な特性を持たせることと、雪氷路面でのグリップを高めることの間で、難しい部分のひとつになっている。

エッジ効果

路表がもっと硬く締まった雪氷、さらに氷に覆われた状態になると、また違った「グリップのメカニズム」の働きが必要になる。そのひとつが「エッジ効果」。ゴムの角(エッジ)が硬い雪氷面に爪を立てるようにして滑る。その時に生まれる摩擦力だ。
ということは、そのエッジを形作る面が多いほどいいわけで、最近のスタッドレスタイヤがブロックの中にさらに細かな切り込み(サイプという)を多数入れているのはこのため。しかもサイプが波形になっているのは、もちろん前後・横の様々な滑りの方向に効かせるためだ。摩耗が進んでも次々に新しいエッジが現れるように、その一方で舗装面が現れた路面との摩擦で大きな力が生じる状況では、サイプで切られた薄いブロック同士が接触して支え合うようになって、トレッド面に必要になる剛性を得るようにデザインされている。

エッジ効果

ちなみに今は当たり前になったこの波形サイプ、製造面から見るとかなり厄介な存在。タイヤはその製造工程の最後で、金型に収めて内側から押しつけ、温度を上げて「加硫」することで全体が安定したゴムに変化する。そこまではネバネバしたゴムの筒状だった「生タイヤ」が、ここで金型内面の形状に沿ってトレッドパターンが形づくられる。つまり金型は「メス」型であって、溝の部分は突出している。波形サイプを作る部分は、その複雑な形状が裏返しになった薄板が立ち並んでいるのである。これが生タイヤのトレッドゴム層と密着した状態で加硫しなければならないし、加硫が終わって製品の硬さになったトレッドからスムーズに抜き取れないといけない。金型の加工精度、ゴムの特性、とくに金型から抜き出す時に柔らかく、しかも千切れないこと…などの進化があって、初めて実現できたデザインなのだ。

ここ何年か、新雪を踏んだ後のブレーキングでグリップが急に落ち、クルマを止めて確かめると、この細かなサイプに雪が食い込み、トレッド面が雪だるまのようになっていたタイヤ(国産タイヤメーカー複数)があった。でも今回のX-ICE3/3+ではそうした現象には出逢わず、OK。かつてスノータイヤ開発の評価要件に「溝部分に入り込んだ雪の『吐き出し』性能」というのがあったのだけれど、最近はどうなっているのだろうか。

接地面摩擦力

そうした「引っかかる」効果とは別に、滑りやすい雪氷面であってもゴムがその面に触れて微少に、さらには大きく滑れば、そこに摩擦力が生まれる。だから、低温でも柔軟性を保ち、路表面とできるだけ多く触れ合って、摩擦力を発生する、そういうゴムを求めて開発を進める。その積み重ねの中で今のスタッドレスタイヤの「グリップ」が形作られてきた。

接地面(摩擦)効果

さらにもう一点、タイヤに限らず例えばスケートのブレード(刃)などが氷の表面を「滑る」と、摩擦によって氷の表面がわずかに融けて水になる。その水が接触面の潤滑材として働くことで、大きく、速く滑る。この「水による潤滑」は、摩擦で氷表面が融ける状況、つまり外気温が零下5℃ぐらい、氷温が零度に近づくあたりでとくに起こりやすい。つまり滑りやすい。逆に外気温・氷表面温度がごく低いと滑りはむしろ少なくなる。私自身、零下40℃の極北地で、路面は黒く光る氷なのに「意外にグリップするし、その変化が少ない」と感じながらドライビングしたことがある。ちなみに外気温・氷温が零度を越えると、雪氷が融けて路表面に水が浮いてくる。だから冬用タイヤのトレッド・コンパウンド(多様な成分を混合したゴムのこと)には、低温ウェット特性の良さも求められる。
そこでゴムの開発の中には「ミクロのレベルで水を『切る』」とともに「水となじむ」ことも織り込まれている。トレッドに使うゴム層の中に粒状の物質を練り込む手法も多くなった。タイヤが減る(摩耗)につれてその粒がトレッド表面に現れると路面との摩擦で気化して消え、その痕にごく微細な凹みがたくさん現れる。この凹みに路表の水を取り込んで、トレッド表面と路面(氷雪面)とが直接触れ合えるようにする、という狙いだ。この微小窪み(ディンプル)と前出の微細サイプが路表の水を吸い込む「スポイト効果」を生む。
ただ、こうした異種素材をゴムの中に練り込むとトレッド面のブロックの剛性が落ちる。すると雪氷面だけでなく舗装路面までを走る中で、車両運動を支えるタイヤの踏ん張り、操舵に対するタイヤの応答などが低下してしまう。こうした相反する特質をどこでバランスさせるか。このあたりもまた、タイヤとゴムの開発者が苦心するところだ。

トータル・パフォーマンス

パサート Alltrack

はじめにも書いたように、雪国の冬の道を走ると、様々な路面に出会う。雪氷からして、柔らかい新雪、除雪して圧し固められた圧雪、表層が融けてまた凍った氷粒=ザラメ雪、それらが固まって凍結した硬い氷、水が路表に薄く広がったところで凍るとできるアイスバーン…。 もちろんそれ以外にも、ふつうの舗装路面、それもドライから低温ウェットまで。しかもそれらが一様に広がっていることのほうが稀で、4つのタイヤが別々の路面を踏んでいるのが当たり前、もっと細かく見ればタイヤが踏んでいる路面(接地面)の中でも異なる雪・氷・舗装の路表面が混在して、タイヤが転がる中でそれが刻々と変化してゆく。

路面の雪氷状況と摩擦力発生メカニズム

以前、ミシュランが日本向け冬用タイヤを開発するにあたって、実際に本州北部から北海道にかけての広いエリアで、降雪時期の路面状況を調べた結果を教えてもらったことがある。それによれば日本では北国といえども冬場に最も多い路面状況は「舗装路面(ドライ~ウェット)」であって、とくに高速道路や国道のように天候に応じて除雪や融雪材散布がまめに行われている道は、雪が降り続けている時を除いて舗装路面が現れていることが多い(距離と時間の両方で7~8割を占める)という。ほぼ毎冬、東北から北海道中部までを走っている私の実感としてもたしかにそう。今年もVW雪上試乗会の場からX-ICE3を履いたティグアンTDIを借り出して、信越県境から青森までトータル2300kmほどを走ったけれど、好天に恵まれたこともあって、その9割ほどはウェット~ドライの舗装路面か、その一部に雪氷が乗っているという状況だった。
こういう路面バリエーションを走る時には、雪氷に対するグリップの良さはもちろんとして、路面状態が変化しても、それが急なグリップ変動として現れないこと、そして雪氷によって路表面に形作られた凹凸を踏んだ時に神経質な動きをみせないこと、その一方で舗装路を夏用タイヤと同じように走る時には、直進付近でもコーナリングでも十分なしっかり感…などが求められる。もちろん、乾いた舗装路から雪氷面まで、直進付近で小さく舵を動かすのに対する手応えと反応、そこから舵を切り込んでいった時の横力の現れ方、前後グリップのバランスなど、ドライビングに関わるタイヤ特性がただ「グリップが高い」だけでなく「穏やか」で、なおかつ一瞬一瞬の接地感覚が伝わってくること。夏用タイヤよりも一段とシビアになる。これがタイヤの評価をずっと続けてきた私の体験からすれば、タイヤにはいつでもこうした「トータルバランス」が求められるのだが、とくに冬用タイヤにおいてはそこが本当に大切になる。

「冬の道」を実際に走ると…

ティグアンに装着されたX-ICE3は、先ほども書いたように様々な路面をかなりの距離にわたって踏破する中で、乾いた舗装路の高速走行から硬く凍った雪に覆われた峠道でのグリップと「どんな路面を踏んでいるか」のインフォメーションまで、十分にバランスしたパフォーマンスを体感させてくれた。夏用タイヤよリも柔らかいトレッド面からタイヤ骨格全体を通して伝わってくる路面凹凸を踏んだ感触も角が丸くて雑振動が少なく、舵を動かした時にタイヤ骨格がねじれる感触とそこからの横力立ち上がりが少しおっとりしているのとも、よくバランスしている。雪氷がタイヤに踏まれてできたわだちの谷角に当たった時、ちょっと横に振られる動きが出かちで、これが舗装路面のわだちでも少し出ることがあった。これは氷面でのグリップのために、接地面を横方向にも幅広くして接地面(摩擦)効果を狙い、そのためにトレッド・ショルダーのブロックがけっこう角張っているためかと思われた。しかしそれも、同様のプロファイル(断面形状)を持つ最近の日本向け冬用タイヤの中ではかなり小さくておとなしいほうで、神経を遣わされるほどのふらつきは出ない。

ティグアン TDI

付け加えておくなら、路表がツルツルの氷に覆われる、いわゆる「ミラーバーン」は、路面全体に水が広がった状態から急速に凍ることでできる。昼間の日照などで 融けた水が、深夜など交通量が減った時まで残っていて気温の低下で急冷され,そこを通ったクルマのタイヤが滑ることで磨かれる。こうした条件が整わないとなかなか現れない。しかも市街地交差点手前などに出現することが多いので、車両の通過速度も低い。しかし、もう20年以上も前にスパイクタイヤの使用が禁止された時に「氷の路面で、ひっかかりがないと怖そう…」というイメージが先行して以来ずっと、日本における冬用タイヤの開発要件、そして宣伝訴求は「氷面でグリップする」に偏ってしまっている。それは冬用タイヤに求められる性能の、ごく一部にすぎないのだが。
もうひとつ付け加えておくならば、南北に長く、気象条件も様々に異なる日本列島では、雪の頻度や積もり方だけでなく「雪質」も場所によって変化する。きれいに凍った結晶が多い雪、いわゆるパウダースノーから、水分の多い湿って重い雪まで。その雪質によって、最初に紹介した「雪柱剪断効果」がどう現れるかなど、雪氷用タイヤの特性はこの雪質によってもじつは変わってくる。それをカバーするトレッド・デザインやコンパウンドを開発するのも、日本のスタッドレスタイヤ開発で難しいことのひとつではある。

こうした「雪氷路面におけるタイヤの働き方」と「日本の冬道」の基礎知識、そして雑学までを知識として取り込んだ上で、自分のクルマのための「雪靴」を選び、雪氷路面を安全に、そして楽しく走っていただければと思う。じつは雪氷路で、つまり摩擦が小さい状況で「小さな動きから正確に組み立ててゆく」ことこそ、ドライビングを磨き、レベルアップするのに最適なトレーニングなのだ。これも私自身の体験から、間違いない。そんな話はまたいずれ…。

(両角 岳彦)

資料提供:日本ミシュランタイヤ(株)
写真:フォルクスワーゲン・グループ・ジャパン(株)

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
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